05
秀星との生活にもそこそこ慣れてきた。約束通り料理と片付けはいつもちゃんとやってくれてるし、危ない目にも遭ってない。それに秀星はよく気がつくから冷蔵庫に何が無いのかとか、私が寝不足だったこととか色々分かるらしい。ゲームが大好きで子供っぽいところもあるけど、優しいところもあって、これは確実にモテるタイプだと思う。特に年上のお姉さんに。…とまぁ、秀星のことを信用できてきたところで私はバイトに行ってくることにした。先週はさすがに留守にするのは不安でお休みもらっちゃったから、そろそろ行かないとマズイだろう。
「タイムマシン探しするならしてもいいけど、ちゃんと鍵かけてね!あと絶対に鍵無くさないでね!」
「はーい。行ってらっしゃい」
秀星には予備の鍵を預けて、私はバイト先に向かった。
電車で数駅の場所にある私のバイト先は書店だ。本が大好きってわけでもないけれど大変な分、この辺りのバイトととしては時給がそこそこ良くて、家から電車ですぐだったから始めたものだ。掛け持ちしてる喫茶店の方は楽だけど時給が安い。お小遣い稼ぎではなく生活費がかかってるから時給が安いと困るし、飲食系以外の仕事もしてみたかったので、わりと気に入っている。制服のエプロンを着けてレジに立つと流れるように次々とお客さんの対応をしていく。カバーを付けるのだって慣れたものだ。
「ありがとうございました」
秀星はどうしてるかな。ゲームかな。それともタイムマシン探しでもしてるのだろうか。こっちの世界の携帯持ってないからなぁ…。未来用の通信機器は当然ながらただの鉄の塊になっている。ドミネーターも同じく。彼が今何をしてるか私には分からない。できれば疑いたくないけど、もしかしたら一人になるのをずっと狙っていて悪さをしてるかもしれない…そんなことが頭を過る。秀星には謎が多すぎた。
「カバーおかけしますか?」
「いや、いらない」
「失礼いたしました」
こういうお客さんだと手間が省けてありがたい。本をそのまま手渡すときにふと顔を見てみた。えっと…男の人、だよね…?声は男だったから男なんだろうけど色白で綺麗すぎるっていうか、どこか浮世離れしてるような…神々しささえ感じてしまうような、不思議な雰囲気というか…
「あ、ありがとうございました…!」
うっかり見惚れてしまった。彼の後ろ姿を追う暇もなく、私の目の前には新たなお客さんが来た。うわぁ…漫画の大人買いか…すごい量だぞコレ。持って帰れるのか?
「カバーおかけしますか?」
まさか掛けないよな、と思いつつ定型文なので一応聞く。
「全部お願いします」
「かしこまりました」
……何冊カバーかければいいんだよ!
7時過ぎに帰宅すると、ちゃんと鍵は掛かってた。
「ただいまー」
「おかえりー。夕飯もうすぐ出来るから」
「美味しそうなにおい…」
なんか良いなぁ…家に帰ってきておかえりって言ってくれる人がいて、しかもご飯作ってくれてるって。手洗いうがいをしてルンルン気分で部屋に入ってパジャマに着替えた。それにしても綺麗な男の人だったなぁ…あのお客さん。何してる人なんだろう。芸能人?もし一般人だとしてもすっごいモテるんだろうなぁ。私の人生で見てきた人の中でダントツ綺麗な人だった。美しさに目を奪われるってやつをリアルに経験した。
「お待たせしましたー」
「わー!美味しそう!」
「今日は中華にしてみた」
我が家の安い折り畳み式テーブルの上いっぱいに回鍋肉、炒飯、卵スープが並べられる。どれもすごく美味しそうだ。思わず口の中で唾液が出る。
「秀星って何でも作れるの?」
「ほとんど作れるよ」
「すごーい!」
「でしょ。さ、食べよう」
「いただきます!」
秀星の料理は本当においしい。未来ではどうなのかわかんないけど、この時代だとこれはポイントがかなりアップする特技だ。今まではお腹が空いたからとりあえず食べてただけだったのが秀星の作るご飯だと食事の時間が楽しみになる。食べながらテレビのほうを観ると、丁度番組が切り替わったところで警察密着24時が始まった。画面の中では明らかに泥酔して自転車に乗ってる人と警察官が映っている。警察官は大変だなぁ…酔っぱらいなんて話が通じないだろうに。そういえば、秀星も一応警察なのか。
「ねぇ、秀星も取り締まりみたいなのするの?」
「要請があれば行ってる。まぁ、そんなにないけど」
「あのスーツで行くの?」
「うん」
「なんか警察っぽくないね」
あんな格好で職務質問されてもあなたこそ何?って感じだ。
「言っとくけどみんなあんな感じだよ?」
「みんなって?」
「監視官はわりとカッチリしてるけど、執行官は一応スーツって感じ。コウちゃんはネクタイだらしないし…あ、とっつぁんはベテラン刑事って感じでオヤジっぽいトレンチで。クニっちはすげーちゃんと着てるなあ」
この前、秀星の所属する一係のメンバーについては一通り聞いた。コウちゃんっていうのは元エリート監視官で仕事ができて頭が良くてしかも強い、というとんでもない人だっただろうか。鉄人のような人かと思えば見た目はそうでもないらしい。何だか安心した。とっつぁんは一係最年長のおじさんで、確か公安局が出来る前の警視庁時代から刑事をしている人。クニっちは女性執行官でクールビューティー系の機械に強い人だ。なかなか個性が強そうな面々だな、と思ったのを覚えている。
「つまりだらしないのって秀星とコウちゃんだけじゃん」
「いや、他の二係と三係も合わせれば俺らみたいなのばっかだって!」
「ふーん?あ、刑事課って何人いるの?」
今の話では三係までしか出てこなかったけれど、1つの係にたった5人なのだからそれで全員、なんてことはないだろう。単純に計算しても20人になる。
「確か、20人くらいだっけなぁ…」
「え?」
「だから、20人くらい。あ、療養中のやつも合わせればもうちょっといたかも」
自分の耳を疑った。たった20人?たったそれだけの人数で取り締まるの?それは顔にも出ていたようで、秀星は未来の話をしてくれた。
「ほら、シビュラシステムあるしそもそもこの時代みたいに犯罪自体多くないから、全然手が回るってわけよ」
「やっぱ未来すごい…」
いくら犯罪があるって言っても、それだけの人数で取り締まりが可能というなら犯罪件数はたかが知れている。被害者は相当運が悪かったのだろう。やっぱり未来の方が良い国、なのかな。
「すごいかもしんねーけど、つまんないよ。サイコ=パスがすべてだから。色相濁るのを恐れてアルコールも避けるからねぇ」
「じゃあ泥酔した若者とかいないのか」
「あんま居ねーな。ま、俺は飲むけどね。コウちゃんとかとっつぁんも飲むし」
「あ、気にしなくていいもんね」
「そ。執行官の特権の一つ」
飲酒が特権…やっぱり未来は厳しい世界だ。
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