06
羅々の防犯意識の低さは俺のいた時代ならともかく、この時代にしては珍しいんじゃないかと思う。とはいっても、はじめは通報するって俺のこと警戒してたからただ優しい子なのかもしれない。そのお蔭でこうして俺は百年前に飛ばされても屋根の下で眠れてるわけだからスゲー感謝してる。ゲームもそこそこできるし、外にも連れてってくれるしこっちでの生活は不便なことも多少はあるものの、基本的に快適だった。百年前ってもっと不便だと思ってたけど…そうでもねーらしい。
羅々がバイトに行っている間、俺は俺で適当に身元を偽って日雇いのバイトをしていた。いつまでもタダで住まわせてもらうのも悪いし、羅々の場合は元の時代に戻ってから返す、ということができないからだ。つっても、俺が稼ぐのは精々食費ってとこだ。今日も適当にバイトして手渡しで給料を貰い、そのままタイムマシン探しをすることにした。クニっちが言ってた住所っつーとここから二駅先だ。電車でならすぐだがこうして一人で外を出歩けるのは俺にとってはすげー貴重なことだったから歩いて向かうことにした。
ホログラムなんてものがない街並みを眺めながら、色々考えた。まず元の時代で俺はどういう扱いになっているのか、だ。もし脱走って扱われているんなら戻ったところで殺処分だろう。てか、多分そう扱われてる気がする…ってことは、だ。タイムマシン見つけても死にに行くだけってことか?…はっ、そんなの御免だ。かといって、このままこの時代に留まるって選択肢も俺には考えられなかった。確かにこの時代は色々なものがあって、自由もあって俺的には生きやすいと言えるだろう。でも、あの科学者をとっ捕まえねぇと俺の気が済まない。それにコウちゃんたちを裏切るようなマネもしたくなかった。…あとは羅々にとって俺はイレギュラーな存在だから。もう警戒心とか向けてこないし、楽しそうに会話してくれてるけど俺と一緒にいて良い影響があるはずがない。…一緒にいないほうが良い、確実に。
「はぁ〜」
大きめのため息を吐くと空を見上げた。空だけは、変わってねえハズ…だよな。そして再び前を向くと視線の隅にカフェがあった。実を言うと一人でカフェとかちょっと憧れてた。何しろガキの頃から潜在犯だからねぇ…1人で出掛けられるような年齢になったときにゃあ施設の古株だったんだから。金はちょうど貰ったばっかだ。全額羅々に渡すつもりだったけど、一生に一度になるかもしれないんだし、これぐらい許してくれるだろう。
店内に入り、カフェモカを注文して貰いたての給料から金を出した。グラスを受け取って窓際の席に座るとカフェモカをちびちび飲みながら外を歩く奴らを眺めてみる。…不思議な感じだ。潜在犯の俺が一人でカフェにいるなんて…想像すらしてなかった。俺のいた時代とこの時代は服装や髪形は何ら変わりないから、もしかしたらここは2112年なんじゃないか、という気さえしてくる。本当にそうだったら良いのに…と、その時だった。
「…!」
ぼーっと眺めていた景色の中に突如見覚えのある顔を見つけた。俺の追ってた――この時代に連れてきた――科学者だ。周りをきょろきょろと気にしながら横断歩道を渡っているが、こっちに気付いた様子はない。俺はまだ半分は残ってたカフェモカを一気に飲み干すと店を出た。
奴は周囲を見渡しながらどんどん細い道へと行く。俺も気づかれないよう距離を取りながら尾行した。まさかこんなところで見つけられるなんてな…羅々が一緒じゃなくて良かったかもしれない。アイツが一緒だと尾行がバレそうで恐ぇ。生憎、武器らしいものは何にも持ってねーけどヒョロヒョロに負ける気はしねぇし、とにかく奴がどこに出入りしているかだけでも知ることができれば上出来だ。
歩いているといつの間にか道はついに車も通れないような細い路地になった。人ごみに紛れることも難しくなってきたため、さっきよりも距離をあけて追跡する。この辺はボロいアパートと雑居ビルが多い。ほぼ朽ちてる木造家屋なんかもある。
「ニャアアア!!」
「シャーッ!」
「……っ!」
ビクッとして音のしたほうを見ると猫が喧嘩をしていた。
「猫かよ…」
ホッとしたのもつかの間、視線を前に戻して俺は奴を見失ったことに気付いた。
「…くっそ」
小さく悪態をつき、がっくりうなだれた。けどきっとこの辺りの建物のどこかに奴がいるであろうことは掴めた。まぁ、良いか。そう自分に言い聞かせて俺はようやく帰路につくことにした。
「ただいまー秀星!」
夜になって羅々が本屋のバイトから帰ってきた。何かいつもより元気だったが、気にせず夕飯の仕上げに取りかかった。羅々の1Kのアパートのコンロは一口しか無かったので、システムキッチンに慣れてしまった俺は初めの頃は段取りに手間取ったりしたが今はもう慣れたものだ。
「お帰りー。テレビ台に食費置いといたから」
「ありがとねー。ねぇねぇ、聞いてよ!」
羅々は二人分のグラスとお茶の入ったピッチャーを持ったまま俺の隣に立った。ニヤケ顔をまったく隠していない。そんなに良いことでもあったのか?元々感情隠すタイプじゃないとはいえ珍しい。
「どしたのー」
「前、すっごく綺麗な男の人がお客さんにいたって話したでしょ?」
「そうだっけ」
そういえばそんな奴もいたようないなかったような…いくら綺麗っつっても野郎じゃなぁ。大して興味がないので聞き流していたのかもしれない。
「そうだよ!で、その人が今日も来たの!やっぱり綺麗な人だったなぁ」
「へーへー。俺はいくら綺麗でも男には興味ないね」
「えー。でも本当に綺麗な人だったんだよ、王子様って感じの」
「分かったからほら、食おう」
「あんなに綺麗な人がこの世界の、しかも日本にいたとは」
「ほら行った行ったー」
何となく羅々が俺の知らない男の話を嬉しそうに話すのが気に入らなくて俺はさっさとミニテーブルの上に皿を並べる。今日のおかずは豆腐ハンバーグだ。二人でいただきますを言ってテレビを見ながら食べた。羅々はドッキリ番組を観て笑っている。こういうのを幸せっていうのかなぁ…なんて、俺は羅々を見ながら思った。
「秀星、今日のバイトどうだった?」
「まぁ、そこそこ楽だったよ」
「そっか。よかったね」
そう言って微笑む羅々を前に俺も自然と微笑んでいた。その後もテレビを見ながら適当に会話をして、結局俺は羅々には科学者を見つけたことは言わないでおいた。
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