08
俺がこっちに来てもう二週間以上経った。いつまでこっちにいることになるかはまだ分からねぇけど、あの野郎の居場所の目星は一応ついてる。あれから俺は羅々がバイトの日にあの辺りを探すようになった。なぜ羅々がいないときなのかといえば、二人だと尾行もしづらいし何かあったときに巻き込みたくないからだ。タイムマシンなんていう馬鹿げたものを作ってるんだ、とんでもない武器を持っていても不思議じゃない。俺は元々こっちの人間じゃないから死んでも大事にはならねぇけど、羅々が死んだら悲しむ人がいる。俺の時代の問題は俺だけで解決したい。
今日も羅々はバイトだと言っていた。適当に着替えてこの前買ってもらったライダースジャケットを着ようとすると羅々が立ち上がった。
「私も行く」
「え、今日って喫茶店のほうのバイトじゃねぇの?」
「なくなったー」
「それなら、俺も家にいるけど…」
「私も着いていきたいの!」
羅々がバイトじゃないんなら今日は二人でゆっくりしていたかったが、頑なに着いていくとっていうから仕方なく頷いた。もしかしたら羅々は俺が最近、羅々がいないときばかり出掛けていることに何か感じていたのかもしれない。廊下に出て着替えを待っていると、少ししてパーカーとスカートにコートを羽織って出てきた。
「じゃあ行くか」
「うん。…あ、秀星」
「ん?」
「似合ってるね」
「…ありがと」
急にそういうこと言われると戸惑うんだよなぁ。
羅々とタイムマシン探しをするのは久しぶりなような気がした。相変わらずこの辺はビルばっかだなぁ。少なくともこの通りから見える範囲に民家は無い。時刻は11:30。少しずつ昼休みの会社員なんかも見かけるようになった。そういや、前も羅々と二人でタイムマシン探ししたとき昼時だったっけ。
「ねえ秀星」
「んー?」
「最近、1人でどこ行ってるの?」
やっぱ気づいてたか。ま、別にやましいことじゃないし…言わないほうが怪しいと思われるだろう。
「タイムマシン探してた」
「…そっか」
少しだけ声のトーンが落ちた。言いたいことはわかってる。何でわざわざ1人で?ってことだろう。でも1人で出掛けるな、なんて言う権利は無いとも思ってる。そういうんじゃねぇんだけどなぁ…
「羅々に何かあったらイヤだし」
「それで1人で行ってたの?じゃあ、今日着いてきたの迷惑だった?」
眉を下げて聞いてくる羅々は珍しく不安げだった。俺はそれを笑って否定してやる。
「迷惑なんかじゃねぇよ。一緒に出掛けんの好きだし」
すると今度は嬉しそうに笑った。そうやって俺の言葉で表情をころころ変える羅々が何だか可愛く思えた。
「私も秀星と出掛けるの大好きだよ」
何なんだろう…たまーに恥ずかしいこと言うんだよなぁ、羅々は。照れ隠しで頭を小突いてやったら、やり返された。そんなところが羅々らしい。俺が一人であの科学者を探していたことはもうバレたことだし、隠しても仕方ないのでどうやらこの辺りにアイツの隠れ家がありそうだということを伝えた。羅々は一瞬表情を強張らせた。やっぱ恐いよな…得体のしれない科学者とか。ヤバそうな感じしかしねえもん。
「何かあったら俺のことは気にせず羅々は逃げろよ?」
「うん…」
何だか納得いってないような顔をしてたけど、実際に危ないんだしそこは何が何でも了承してもらわなくちゃ俺が納得できない。元の時代に戻りたいかどうかで言われると微妙なとこだが、結局俺の居場所は一係しかないからさっさと科学者をとっ捕まえたい。でも、できれば今日じゃなくて羅々がいない日だと良いなぁ、なんて…そう考えていたときだった。
電気屋から出てきたアイツと目が合った。
「テメェは…っ」
何普通に買い物してんだよ、とツッコミも入れたくなるがそれよりも先にアイツは俺に気づいて走り出した。俺も追いかけようと足を踏み出す。でも羅々の声に呼び止められた。
「秀星っ…帰ってきてくれる、よね…?」
そんな悲しそうな顔もできたのか、と思った。羅々は普段笑ってばっかだったから。俺はその顔を視界に入れないようにアイツが走っていったほうを見て言った。
「…約束はできねぇかな。悪ィ」
走り出した後にもう一度名前を呼ばれたが、俺はアイツを見失わないように全力で走った。
ったく、空気の読めねぇ男はモテないんだぜ。
今度こそ絶対に逃がさねぇ。生憎ドミネーターは手元には無ぇけど、素手でどうにかなるだろう。逃げ足こそ俺と同レベルだが喧嘩となれば俺の圧勝だ。追いかけるうちに俺はまたこの前の細い路地に入っていた。アイツのこともまだちゃんと追えてる。絶対にどこに隠れてやがるのか突き止めて、それでタイムマシンの場所も吐かせる!
しかし、男は走る速度を緩めるとそのまま立ち止まった。どうしたんだ?不審に思って俺もある程度の距離を開けて止まると男は振り返った。
「君は執行官か?」
「そうだけど…何?」
「私を捕まえてどうするんだ?まさか元の時代に戻るのか?」
「当たり前だろ。俺はこっちの人間じゃねぇんだからよ」
「君もここで暮らしてみて分かったはずだ。ここでなら潜在犯として自由を奪われることもない。この時代で生きればいい」
そんなこと俺だってわかってる。コイツ、あんなマシン作っときながらバカなのかよ。話してると段々イライラしてきた。
「あの女と一緒にいたくないのか?」
羅々、か。
そういや、別れの言葉も感謝の言葉も言えなかったな。それが今、俺の心に突っかかる。こんな突っかかりができるくらいならちゃんと言っておけば良かった。羅々と一緒にいるのはスゲー楽しかったし、色々世話やいてくれたし、迷惑もかけた…本当に感謝してる。あーあ、会いたくなっちまうじゃんかよ…。
けど…やっぱ俺が生きるべき時代はここじゃねぇんだ。
「タイムマシンの場所、さっさと教えな」
「あれは君が撃った銃のせいでまだ整備中だ。戻れる保証はない」
「教えないってんなら今ここで殴り殺してやるよ。ここじゃあアンタも俺も身元不明の男だ」
そう言うと男は渋々といった様子で歩き始めた。逃げるそぶりはない。俺もその後ろを着いて行く。辿り着いたのは雑居ビルの三階だった。中に入ると何だか見覚えのあるようなコードや配線が床に散らばっている。そして一番奥の部屋に入るとそこにはあの日見たものと同じ楕円形の鏡のようなものがあった。
「本当に良いんだな、戻って」
「当然だろ」
一瞬、羅々の顔が過ったがそれは顔には出さずに言った。男は鏡の隣にあるパネルを操作する。
「起動した」
「テメェも来いよ。取り調べの必要があるからな」
「…仕方ないか」
諦めたようにため息をついた男の腕を掴み、発光する鏡の中へ足を踏み入れる。本当にどんな構造してんだかサッパリだぜ…。男の片腕も入り、いよいよ俺も体の半分以上が入った。その時。
ドンッ!
「私はまだ帰るわけにはいかないんでな!」
「テメェっ…!」
背中を思い切り蹴られ、その衝撃で男の腕を離してしまった。そして俺は目も開けていられないような強い光に包まれた。
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