祭囃子が遠くに聞こえる。
ああ、今年も行けなかったなあなんて頭の片隅で思いながら、疲れ切った身体を引きずりながら家を目指す。
わたあめとスーパーボールを手に、満足げに帰路につく親子とすれ違って、そういえば屋台は【DDD】で出ていたことを思い出した。

「……夏だー」

太陽は沈んでしまっているけど、そこそこ気温もあれば無風なのでじんわりと汗が湧き出てくる。ハンカチで拭っては止めどなく流れてくるそれを拭き取って、息を吐く。

インターンシップなんかは、大学生がするものだと思っていたけど――夏休みを利用して、学院から紹介された芸能事務所に一週間ほどお世話になっている。
将来をどうするかはまだ考えていないが、アイドル科の生徒はそのほとんどが芸能界に近しい業種に携わることが多いから、進路が広報じゃないにしても経験を積むことはマイナスにはならないはずだ。

「……あ」

ふと、道の向こうから見慣れたひとが歩いてくるのが見えた。浴衣を着て、りんご飴を頬張っている。凛月だ。
どうやら一人らしく、彼もまた私を見つけたようでこちらに近づいてくる。

「あれ〜……鹿矢。インターン帰り?お疲れ様」
「ありがと。りんご飴美味しそうだね」
「美味しいよ〜。食べる?」

あーん、と目の前に差し出されたので、一瞬だけぴしりと固まってしまった。
恥ずかしさが過ったけど、振り払って端っこを少しだけ頂くことにする。美味しい。甘い。やっぱりちょっと恥ずかしい。

「俺はもう帰るところなんだけど……鹿矢はこれから縁日に行くの?」
「もう帰るよ。勿体ないけど、疲れちゃったし」
「そうなんだ?」

二年連続で縁日に行けないのは寂しい。
でも凛月はもう帰るところだというし、まあけっこう疲れているし。
仕方ない、と思っていたのが表情に出てしまっていたからだろうか。――折角だし息抜きくらいしようよ、なんて笑って、凛月は私の手を引いた。

近くの通りにも屋台は出ていたようだ。
人通りはそこまでなくて、並んでいても二、三人程度なのですぐに買えるのだろう。
いくつか出店しているうちのひとつを目指して彼は歩いていく。

「お面?買うの」
「うん」

狐面や、少し昔に流行ったアニメやゲームのキャラクターを模したお面が飾られていて、わたあめの屋台も併設されている。まさにお祭りというイメージにふさわしい光景だ。

凛月は店番をしていたおじいさんに早速声をかけて二人分を購入したようだった。鹿矢はこれねと渡されたので、年齢不相応にも頭につけてみる。
浴衣姿である凛月はさまになっているけど、私は彼とは違い制服姿なのでただはしゃいでしまった高校生の図である。

「あははっ、鹿矢おもしろい」
「そういう凛月は似合ってるよ!」
「ありがと♪……あとはこうして、っと」

凛月は顔が隠れるようにお面をつけて、私にもそうするように促す。

「俺がエスコートしてあげる。疲れてるだろうからゆっくり、縁日を回ろうねぇ。お面をしてたら誰かなんて分かりにくいだろうし」

手を握っても、照れても平気だよね、と――表情は見えないから予測でしかないけど、怪しげな笑みのひとつでも浮かべているのだろう。
凛月の指先が絡められて、頬に熱が帯びていくのがわかる。

「……夏って、手握ったら暑くないの?」
「暑いかもねぇ?でもかき氷食べたら平気でしょ」
「かき氷、いいかも。謎理論だけど」
「俺が作ってあげてもいいよ。でもそれはまた今度。……行こう?縁日も、夜も、まだまだ長いからねぇ」

夏を満喫するまで帰さないよ、なんて言われてしまったら、疲れなんて吹っ飛ぶくらいのエスコートを期待してしまうから。
手を離さないようにしないとなあなんて思って。
隣を歩く彼が少し大人びていてときめいてしまったのは、浴衣と縁日パワーだと言い聞かせることにする。

金魚すくいに射的、ヨーヨー釣りにかき氷。たこ焼きなんかもいいかもしれない。最後には手持ち花火とかやりたいかも。
諦めかけていた夏はまだ、終わりそうにない。





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