「なるくん、お疲れさまの会〜」
「ウフフ。ありがとねェ、鹿矢ちゃん」
「好きなもの頼んじゃってね。今日は奢りなので!」

夕暮れ時のガーデンテラスには、ちらほらと生徒たちが屯している。私たちもまたその一角に陣取っていて。
名目としては、なるくんを労る会。でもたぶん、軽めのお茶会のようなものになるだろう。
――本当はスイーツのお店とかでもよかったのだけど、第一弾ということで開催に至ったのである。

「美味しいわァ。至福の時、ってカンジ♪」
「よかった。なるくんの幸せそうな顔みてると、こっちも幸せな気分になるね」
「やだァ、アタシ鹿矢ちゃんに口説かれてる!」

きゃっきゃっと女子会みたいに騒いで、世間話に花を咲かせていく。
好きなものを頼んでね、とは言ったもののモデル業も兼ねているなるくんはきちんと許容量を決めているようなので、私の出費なんてなるくんの功績に比べればはした金である。
育ち盛りの高校生だ。本当はもっと食べて欲しいなぁ、なんて思うくらい。

「そういえば凛月ちゃんは?来るって言ってたんじゃないの?」
「昨日ちゃんと誘ったんだけどね〜、わからない。今日は見てないしまたどっかで寝てるのかも」
「凛月ちゃんらしいわねェ……」

まぐまぐ、とケーキを口に運びながらあたりを見渡す。その辺にいる気もしなくもない。
そのうちのっそりと現れるだろう。

「【DDD】から熱りは冷めかけてるけど、今後のことも考えなきゃよね。誰かさんのおかげで『Knights』のイメージも最悪になっちゃったし。校内アルバイトでもするべきかしら?」

なるくんは頬杖をついて深いため息をつく。
示談交渉とか――なるくんの奮闘があったからこそ最悪の事態には至らなかったものの、『Knights』のイメージは今のところよろしくない。
ステージ上で弁解する間も無くあることないこと(大体は合ってるのだけど)をばら撒かれてしまったから。

「……そうだね。あとはボランティアとか?イメージ回復には一番の近道かも。今までの『Knights』っぽさからはかけ離れちゃうけどねー」
「色々と我儘も言ってられない状況だものねェ」

『チェス』時代から――ロイヤルでカッコいい、どちらかというと硬派なイメージのある彼らが、身近に感じるようなボランティアなんかしたら、けっこう好印象だと思う。
やるかやらないかは本人たちの意思次第だけど。

「まあまあ、それで新規ファン獲得もできるかもだし。せめてことがポジティブに向くように頑張ろう。良い案件があったら繋ぐよ」
「ありがと。頼りにしてるわァ♪」

月永と入れ替わるように『Knights』へ加入してくれたなるくんだけど、私のほうこそ頼りにしてるし心強い。
いつも周りを気にかけてくれるなるくんの存在は大きいし、昔馴染みが居てくれることで瀬名も本心では嬉しいはずだ。

「っと、そんな話題ばかりじゃ折角の女子会が台無しねェ?凛月ちゃんとはその後どうなの?進展はあったのかしら?」
「むぐっ、!な、なに、凛月!?」

進展って。
まるで恋人同士みたいに言うものだから、ケーキを詰まらせてしまった。
目をキラキラ輝かせるなるくんから顔を逸らしながら、喉に水を流し込む。

「あら?凛月ちゃんとお付き合いしてるんじゃないの?」
「してないよ!」
「えっ、じゃあ朔間先輩?【DDD】の緒戦で掻っ攫われてたし、あんな“噂”もあったし」
「……今だから言うけど、あれはカモフラージュみたいなものだよ。なるくんが思ってるようなロマンスはなかったし。そもそも私みたいなのが付き合えないってば」

あ、自分で言っててちょっと悲しくなってきた。

「……うっそォ。アタシも噂に踊らされてたってこと?兄弟まるごと手玉に取ってるんじゃなかったのォ?」
「て、手玉って。偶然それぞれ仲良くなっただけっていうか……」
「ふぅん……?怪しいわねェ」
「怪しくない!怪しくない!」

――そりゃあ、ほんとのところ、多少はね。
朔間さんに憧れる気持ちはあったと思う。
凛月にときめきみたいなものを感じることもあったと思う。
でも、恋愛感情かと言われるとわからない。
色んな感情が行き来していて、それと判断する能力も鈍っていた気がするし。

だってあの頃は、周囲からの当たりがきつかったぶん、仲良くしてくれる人がいたり、少し優しくされるだけでしぬほど嬉しかった。
誰かが自分を心配してくれているというだけで無敵にも思えるほどには。
後輩や友人を想う心を、恋とかと履き違えてしまうのはたぶん、違うだろう。

……ああでも唯一。もしかしたらあれは恋とやらだったのかもしれないものはあったような、なかったような。
自分から手離して、終わったことだけど。

「まぁいいわ。そのうちしっかり引き出してあげるんだから♪」
「お手柔らかに頼みます……」

紅茶のおかわりを貰いに行こうと、私は席を立つ。
寝起きだろう凛月が、テーブルで待っているなるくんの後ろにそりのそりと近づいていくのを遠目に見つけたので、数秒後に上がるだろう悲鳴に合掌しながら――うん、紅茶は三杯分もらってきてあげようと思う。




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