夏の終わりを象徴するもの、すなわち花火。
鮮やかに夜空に咲く花たち。
次々に放たれる光に、瞬きすら忘れてしまう。
まるでアイドルたちのようだ。
ふだんは星々のように思っているけど、今日ばかりは、花火と重ねても怒られないだろう。

「綺麗だなぁ」

泊まりがけの仕事先の近くで花火大会が開催されることは知っていたけれど、ほぼ目の前で見れるとは思ってもみなかった。
日々の労いを込めてと天祥院が手配してくれた宿だ。
絢爛豪華でもう二度と来れないだろうラグジュアリーな空間のバルコニーで、私はひとり寂しく花火をみている。

下を覗いてみると、エントランスにもバルコニーがあるらしく、宿泊客たちがまばらに空を見上げている。
一階からも花火を見ることができるようだ。

ホテルは一般客は入れないような強固なセキュリティで(芸能人御用達/専用らしい)すれ違う美男美女は今をときめく芸能人ばかりだった。ゴシップ誌に載ってもおかしくないかも、なんて光景も端々に見えなくもなかった。
本当に大丈夫なのかと心配になるけれど。とんでもないところに放り込まれたものだ。

チリン、と美しい鐘の音が鳴る。
夏に似つかわしい風鈴……ではなく、来客を告げるそれは恐らく先程調子に乗って頼んだルームサービスだろう。
ジュースやサンドウィッチのひとつで信じられない額だったけど、天祥院が気前良く払ってくれるっぽいので遠慮は無粋である。

「はーい、」

ルームサービスとか頼んだことなかったけど、鍵を開ければいいんだよね。
なんてホテル初心者のような私はぱたぱたとベランダからドアまで走って、施錠を外す。

「ルームサービスをお届けに参りました」
「あっ、どうも……?!え!?」
「失礼します」

にこ、と笑ってホテルマン――に扮した彼は、移動式テーブルのようなものをがらがらと部屋に運んでいく。
ちょっと待って、なんでここにいるの。

「朔間さん!」
「なんじゃ、すぐにバレてしまったのう」
「バレますよ!……っバレる!」
「くっくっく、そう無理にタメ口を遣わんでもいいんじゃよ〜」

朔間さんは私の反応を楽しむように笑って、ソファに腰をかける。

なにやら、天祥院から私がここに宿泊することを聞いたらしい。近くで仕事があったこともあり偶然自分も宿泊していたのだという。本当だろうか。
さらに言えばこのホテルのオーナーとは知り合のようで――制服を拝借して、ルームサービスを運んできたりしたのもそういうつてがあったからだろう。本当に朔間さんってなんでもアリだ。

「折角の花火じゃ。一人で見るのは寂しくてのう。こうして誘いに来たんじゃけども」
「……その格好で?」
「サプライズじゃよ。こういう格好は鹿矢の好みじゃろ?」
「き、嫌いじゃない、けど」

『UNDEAD』は畏まった衣装はあっても、暗めな印象のものが多い。
朔間さんの着ている制服は対照的で、どちらかというと『Knights』を連想させるような軍服に近い。制服はそういうデザインが多いし――まぁ、好みかと言われると好みだけど、手のひらの上で転がされているみたいだ。
というか、女の子はだいたい好きだろう。

ドン、と大きな音がして、向かい合っていた朔間さんに光が反射して見える。
振り返れば、けっこう大玉の花火が上がったらしい。窓枠いっぱいに広がる花火は迫力満点だ。

「おお、絶景じゃ」
「ねー……。さすが天祥院というか。もうこんなところ一生泊まれそうにないというか……」
「……天祥院くんの施しが気に入ったのかえ?このくらいであれば、いくらでも用意してやるぞい♪」
「……うん?」

なんだか拗ねたような言い方である。
内容はかなりセレブリティなものだけれど。

「可愛い後輩を取られたくない先輩心じゃ。同級生ではあるがのう。……先輩、先輩って我輩の後ろをついて回っていたあの頃が懐かしいのう〜?」
「ついて回ってないですけどー!」

私は大神くんほど帰国のたびに追いかけていたわけではない。
それでもそんな風に記憶に残っているのなら、恥ずかしいから抹消して欲しいくらいだ。

勿体無いから外で見ましょう、と朔間さんの手を引いて私はバルコニーへ向かう。
バルコニーと言ってもルーフバルコニーのような、複数人でバーベキューでもできそうなくらいの広さである。
ビーチベッドも置いてあるので、寝転がって優雅に花火や星空を眺めるのもいいかもしれない。

――そんなセレブの庭のような場所で。
二人きりで、花火を眺めている。
まるで『朔間零の女』みたいなシチュエーションだ。皮肉にも程があるけど。

「良い景色じゃのう。目の前となると、圧巻じゃ」
「うん。花火って、全然飽きないなあ……いつまでも見てられる」
「……そうじゃのう」
「あっ、蝶々の花火!朔間さん見まし――」

興奮のまま朔間さんのほうを振り返ると、思っていたよりも近くに居て、思わず言葉が止まってしまう。
花火に照らされている朔間さんは、綺麗だ。
まるで、ここだけが世界のすべてのようで。朔間さんから目を逸らせない。

――それに。
いくら見慣れていると言っても、そんな、愛おしいものを見つめるみたいな表情を向けられていたら、なんて言葉を続ければいいのかわからない。

「鹿矢」

いつもより少しだけトーンの低い、艶のある声は、花火の音にかき消されないくらいの至近距離で注がれる。
悪魔のように、意地悪そうに笑って、彼の指先が私の頬に触れて。

「花火より、鹿矢のほうが綺麗じゃよ」
「〜〜っ」

思考が、しぬ。
揶揄うのは本当に勘弁してほしい。
そりゃ意識だってする。そんな風に距離を詰められたら。見つめられたら。
朔間さん越しの花火は霞んでみえる。どんな特大の花火も、彼を飾るただの光になってしまう。

「先輩のばか……心臓いくつあっても足りないんですけど……」
「人の身に複数の心臓なぞ持つものではない。……鹿矢は昔より、良い反応をするようになったのう?」
「えー……、丸くなったって……?」
「最上級生になって、少しは心の余裕ができたということじゃ」

良い傾向ではあるがのう?となにか言い含むように、じい、と見られる。

「なに勘ぐってるんですか」
「そんな風に、心の余裕を持たせたのはいったい誰なのか。我輩としては些か気になるんじゃよ」
「朔間さんが思ってるようなロマンスはないですー。……花火見ましょう。終わっちゃいますよ」
「おぉ、もうフィナーレか。名残惜しいのう」

どん、どんどん、どーん。
次々に夜空を照らす光は、さまざまな色を纏って咲いては散ってを繰り返していく。

「朔間さんの魔性の男、イケメンー」
「くくっ、たまや〜とかじゃろ、ふつうは?」
「えー?」

――だって。それこそ、朔間さんのほうが花火よりずっと綺麗だから。
さっきの言葉を鸚鵡返しするみたいで気が引けるし、胸の奥に閉まっておくけれど。
言ったら言ったで私のほうが照れてしまいそうだし。

「……良い、夏の終わりだなぁ」

隣で花火を見つめている朔間さんを、ちらっと眺めては堪能する。
けっこうレアなシーンを、奇跡的に私は独り占めしているのだ。……シャッターを向けてなんてやるものか。

今だけは。どうか今だけは、許されたい。
ほんの数秒の間だけかもしれないけど。せめて、脳裏に刻ませてほしい。

最初で最後の、朔間さんが隣にいる夏の末だ。
高校生という猶予期間は終わってしまうから、次はきっとない。
先輩と後輩みたいな、学院があったからこその繋がりだ。卒業してしまえば今度こそ疎遠になってしまうだろう。
今の光景も思い出になって、テレビに映る彼をみては少し寂しくなってしまうんだ。

「(今が、終わらなきゃいいのに)」

火照った顔を冷ましながら、花火を見上げる。
花火は綺麗だ。朔間さんも綺麗。目に映る全てが綺麗にきらきら煌めいている。
センチメンタルな気分になるのも夏の終わりとか、そういうもののせいにして。
しばらくは浸っていよう。幻想のような、現実に。





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