「妻瀬先輩。お疲れ様です♪」
「あら鹿矢ちゃん、遅かったじゃない」
「ごめんごめん。呼び出し受けてて」
「妻瀬。来たなら準備してこっち手伝ってよ」
「はーい」

『お菓子コンテスト』もとい――スイーツづくりの校内アルバイトをするということで、『Knights』のメンバーもガーデンテラスのキッチンにやってきたようだ。
どうりで先刻も凛月以外にエプロンを着て忙しなくスイーツ作りに励んでいるひとがちらほらいたわけである。なにも趣味だけで集ったわけではないとは思っていたが。

凛月はなぜか不貞腐れたようすで、キッチンから外されているようだった。
彼のつくるお菓子は美味しかったけど、見た目がグロテスク気味だったからだろうか。
――すごく美味しかったけど。食べるのにはけっこう覚悟が必要だったもんなぁ。

エプロンに着替えて、手を洗って。瀬名の指示通り計量やらの補助をしていると、なるくんは私と瀬名を交互に見て微笑ましそうに声を溢す。

「……こうしてみると、鹿矢ちゃんと泉ちゃんって長年連れ添った夫婦みたいよねェ。息もぴったりだし♪」
「そ、そうかな?」
「やめてよ、ありえないから。妻瀬、牛乳」

照れるなー、あはは。なんて台詞は、瀬名の鋭い声によって塞がれてしまう。
ぴしっと笑っている表情が固まってしまったのは許して欲しい。

「……はい。ほんと瀬名のそういうとこだよ。地味に傷つくんですけどー」
「無駄口叩く暇があるんだったら手を動かして。卵二つ」
「卵白と分けてといてありますよ!もう!」

私はちょっとだけ嬉しかったんだけど!
男女関係があることではなくて、そういう信頼関係みたいなものがあるね、って言われているみたいで。
身内であるなるくんから言われると尚更。

もう慣れてしまったが、全否定されると虚しい。まあ夫婦とは違うんだけど。長年ってほど連れ添ってもないですけど。

「はぁ。でももう少し、もう少しだけでいいからこう……」
「何?」
「なんでもないです……」
「あっそ。これ片付けておいて」
「はいはい」
「……夫婦のそれとは違うみたいだけど。仲良きことは美しきこと、ってね。ねェ、司ちゃん?」
「私に同意を求められましても。しかし妻瀬先輩は『Knights』のHousekeeperというより、瀬名先輩専属の秘書ですね……?」
「ウフフ。それは言わないお約束よォ」

甘ったるい香りがガーデンテラスに充満している。
特別審査員であるあんずちゃんは、此処にあるすべてのお菓子を食べて吟味しなければならないのだ。大変な仕事だ。

瀬名の華麗なる手捌きを横目に片付けをしていると、ずん、と背中に重たいものが覆い被さってくる。
十中八九、暇を持て余した凛月である。

「ね〜鹿矢、暇。構ってよ〜。俺のお菓子もっと食べてよ〜」
「凛月さん、重いんだけど……手伝い終わったらね。さっき結構食べたけどね……」
「ふふふ。まだまだあるよ〜。今日は完食するまで鹿矢のこと帰さないから♪」
「えっ、妻瀬、もしかしてくまくんのお菓子食べたの?」
「あ、うん。食べたよー。美味しかったよー」
「ふぅん……くまくんの腕も口だけじゃないってこと?」

料理が得意分野であるからか、瀬名は負けられないと闘志を燃やしているようだ。
背中に引っ付いて離れない凛月を引き摺りながら私はせかせかと手を動かす。
我ながらサポートは手慣れたものである。料理アシスタントでも目指してみようかな。



***


夜も深くなって、外はもう真っ暗だ。
『Knights』が――凛月のつくったお菓子が最優秀賞を獲得したものの、勝負としては瀬名は負けてしまったので悔しがっている。
流石にデザインは見直されるみたいだけど、凛月のお菓子はあんずちゃんの御眼鏡に適ったらしい。

凛月が煽るように瀬名をつつくものだからおかしくなってつい笑いが溢れてしまう。すると、なに笑ってんの、と睨まれてしまった。

ともあれ『Knights』のイメージ回復には繋がっただろう。
それは純粋に喜ばしいことだ。

「妻瀬先輩の食べっぷりはまさに勇者のようでしたね。とても私には真似できません」
「あはは、途中からは慣れだよね」

瀬名の手伝いをひと通り終えた私は凛月に捕まり、お菓子天国に招待されたのだった。
おかげで夕ご飯は入らないくらいの満腹である。

そういえば、と私の隣を歩く司くんがカバンから封筒を取り出す。見覚えのあるものだ。

「こちらをお忘れでしたよ。『重要』とStampが押されているようですし、大切なものなのではないのですか?」
「あっ。ありがとう!すっかり忘れてた」

先ほど生徒会室で蓮巳にもらった、インターンの資料だ。
お菓子づくり(のサポート)に夢中になって放置してしまっていたらしい。
すかさず瀬名と戯れていた凛月がぬっと現れて悪態をついてくる。

「俺をほったらかして生徒会室に行っちゃったくせに〜。忘れちゃうくらいどうでもいい内容だったんだ?」
「そ、そうでもないよー。重要重要」
「へぇ?」

凛月からの視線が痛い。不機嫌の元凶はさっさとカバンの中にしまってしまおう。

こうして『Knights』のメンバー全員と帰路に着くのはかなりレアだ。決して仲良しこよしというわけじゃないけど、こういうのは悪くないなと思う。

瀬名はひとりで帰ると歩き出したのだけど、凛月が逃さないように捕まえて――というか勝負と称して並走し始めた。
その絵面はなんだか微笑ましくて、シャッターを切りたいくらいだ。

「あら、あら♪元気ねぇ、アタシたちも行きましょうか司ちゃん、鹿矢ちゃん?」
「はい!先輩がたに遅れをとらぬよう、精一杯ついて参りますっ♪」
「吐いたらごめんだけど!がんばりまーす」

全速力で夜道を駆けていく『Knights』の面々に、私は体力面では劣るし遅れをとってしまうんだけど――必死に追いかけつつ、端末で彼らの姿を画面に収める。
もちろん仕事用じゃないプライベート用の端末で。彼らの青春みたいなシーンを、記録していく。

こんな日々を、いつかの未来に笑って思い返すことができますように。
なんて、ちょっとだけ願いをかけて。





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