「……すごい花の量。花屋でも始める気?」
「あはは。最近お見舞いに来てくれるひとがね、よく持ってきてくれるんだよ」
「へぇ……?」

花まみれの世界で笑う彼女は、浮世離れしてしまったように思う。

「花屋さんかー。花屋さんって儲かるのかな」
「鹿矢、それは夢が無さすぎ」
「だ、だって。不安定な収入だと生活もままならなさそうだし……?」
「それはそうだけど。まぁ鹿矢に花屋は似合わないよねぇ。満遍なく水をあげられなさそうだし」
「世話くらいきちんとするよー」

長く制服姿を見ていないせいだろう。化粧をしていないせいだろう。入院生活で少し痩せこけてしまっているからだろう。だからべつに、花のせいというわけではない。
いつものように話しているのに次第に違う色に染まっていくようで、あんまり心地の良いものではないだけだ。

「……凛月くん?」
「ねぇ。屋上行こうよ。そろそろ夕陽が綺麗な時間だよ」
「もうそんな時間?よし、行こうか」

だから無性に連れ出してしまいたくなって。
焼けてしまったみたいな空を眺める彼女を横目に目を閉じる。眠いわけじゃなくて、隣にいたいだけ。
肩にこてんと頭を落として、寝息を立てるふりをする。

「……凛月くん?……寝ちゃった?夕方だけどあったかいもんね」

優しい声が降り注がれて、くすぐったい。
こうしていると彼女は決まってカーディガンをかけてくれる。いつからか俺専用になったみたいなそれは、普段は膝掛けとして使っているようだった。

僅かに残された彼女の温もりが俺を覆って、温かい。
ぽん、ぽん、と寝かしつけるみたいに撫でられると、本当に眠ってしまいそうになる。
……というかもうほとんど意識は無い。

「…………もう、いいよね。よくやったよね」

だから夕陽の向こうに彼女が誰を思い描いていたとかなんて、知らない。
助けを求めたかった先なんて知らない。
彼女の嘆きを聞き届けるのは、暮れかけの陽だけだ。





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