「はぁ?俺と妻瀬が付き合ってるって?」

心外です、みたいな表情をされるとぐさっとナイフで突き刺された気分だ。
彼が睨みつけている相手は私ではなく、噂話に翻弄されて興味本位で声をかけただろう男子生徒なのだけど。

「あるわけないでしょ、そんなの。妻瀬が俺と付き合うなんて千年早いよ」

千年って。千年はないでしょ、えっ千年経たないとだめなの。
絶世の美人でもないしアイドルと並んで歩けるだけでも幸せなことだとは思っているが、そこまで言われるのは人生で初めてだ。

噂話なんて学生にはつきものである。
ちょっと仲良かったり、話をしているだけでやれ付き合っているだのやれ惚れているだの馬鹿みたいだと思う。
それが楽しいのかもしれないけど、ふっかけられた身にもなって欲しいものだ。

瀬名の主張もまあ、間違ってはいない。
違うものは違うと言ってしまったほうが余計な誤解を招かずに済むし。
曖昧な態度こそ噂を誇張させる要因になりかねない。

「あんたもボケっとしてないで否定して。一応当事者なんだから」
「はい。私は瀬名と付き合ってないです」
「ほら。こいつもこう言ってるし、分かったでしょ。もう金輪際その話を俺の前でしないでよねぇ?耳障りだから。あと誰から聞いたのか教えて」

一応も何も当事者である。
当たり障りのないシンプルな回答をサッと返せたことを褒めて欲しい。
瀬名は般若の如く表情を歪めて詰め寄るものだから、ちょっと笑いそうになってしまうのを堪えて、私は添え物のように隣に突っ立っている。

ああ、でも多分いまから噂の火消しに駆り出されるんだろうなぁなんて思いながら。一年ないくらいそばに居れば彼の思考もなんとなく分かる。
っていうかそうやって二人で火消しに回るほうが余計に誤解を生む気がする。いや、でも雰囲気で違うって察してもらえるかも。

「……セナ?鹿矢?なにしてるんだ?」
「月永……!」
「どこ行くの妻瀬」

通りがかりの月永に助け舟を求めようと足を踏み出すと、首根っこを掴まれて「ぐぇ」と変な声が出てしまう。飼い猫が飛び出したみたいな扱いはやめて欲しい。

「今からこのしょうもない噂を流した犯人を探して、締め上げるんだから。もちろん妻瀬も付き合ってくれるよねぇ?」
「え、ええ……」

火消しにまわると言うより駆除作業らしい。
ぱっと月永のほうへ視線をやれば面倒ごとを察したのか「なんか大変そうだな!頑張れよ!」と笑って去っていく。
私は怒りオーラを纏う瀬名に腕を引かれて、悲しみに暮れながら廊下を歩いていく。
今日は長い一日になりそうだ。





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