特別でないと言えばそうで、たった一人の友人であり家族の彼と、比較するほどでもないのだけれど。

きっと彼女は特別じゃない。
それこそセッちゃんたちと出会った時に彼女とも出会ったのだから、“その他大勢”ではないというだけで――彼らと同じ位置にカテゴライズするのが順当だろう。

平凡で凡人で、真面目で努力家なタイプ。
愛嬌はあるようで無くて、人付き合いはお世辞にも良いとは言えない。
誰も彼ものおせっかいを焼くような人間でも無いけれど、助けを乞われたら放っておけないところは誰かさんに似ている気もする。

でも、彼女自身にそんな権力も度量もないから。人間らしく、あくまでも出来る範囲でのフォローしか出来ない。
だからそれで未来が変わるわけでもなくて、多分、傍観することしかできないようなひと。

その無駄な足掻きも、別に断ればいい雑用も『Knights』のためにと走り続ける姿は痛々しかった。
アイドルでもないのにそんなに必死になる理由が分からなかったし、きっと今でも正しく理解することはできていないだろう。
いつかそんなことを問いかけた気がする。

「私、アイドルが好きなんだよ」

きらめくその姿を誰かに伝えたくて、夢ノ咲学院の門を叩いたのだと。
――そこで出会った『Knights』が大切で。力になりたいのだと笑ってみせたのだ。

彼女の高校生活の大部分が報われなくて、ひと握りの青春に支えられていることはなんとなく分かっていた。
でも、それは段々と錆びてしまって。
『Knights』が没落していくさまをそばで見ていながら、縁を手繰り、力を求めた末に、悪意や抱えたものの重さで潰れかけていた。
……その予兆を一番に感じ取ったのは恐らく俺で。鹿矢も鹿矢で、俺の忠告を受け入れてくれていたと思うから。真っ先にとは言わないけれど、いつか自分に頼ってくれるのだろうと思い込んでいたのだ。

「もう、やだ……。いやだよ」

鹿矢が泣き言を溢したのは、勝手に一番仲が良いと思っていたセッちゃんでも、付き合っていると噂のあった兄者でもなく、『fine』の巴日和だった。

自分より一足先に見舞いに来ていた彼が彼女の心を暴いてみせたらしい。
開けっ放しの扉から見えるその光景は、すぐそこのはずなのに随分と遠くに見えた。

「(……どうして)」

たとえば思い描いていた二人ならば、こんな気持ちにはならなかったのだと思う。
ただ、少しだけ、セッちゃんと兄者を除けば俺が親しいのだと思い込んでいたから。
そこに居るのが自分ではなかったという事実が、息苦しくて仕方がなかった。



***



なぁんてことも、あったなって。
すやすやと隣で寝息をたてる鹿矢の髪を弄りながら思い出す。
まだ彼女が松葉杖をついていたことは記憶に新しい。見た回数にすれば数える程度だけど。

「……鹿矢」

届かないだろう声に少しの愛おしさを乗せて、彼女の頭を撫でてやるとくすぐったそうに動いた。
耳に入ったままだと痛くなるだろうから、そっとイヤホンを取ってやる。

彼女は怪我が完治するまで休学していたのだけれど――革命がなされた後はすっぱりと断ち切ったように『Knights』の味方を貫いて、俺たちのそばに居続けている。

だからこそ遠くに感じたのは復学をするまでの数ヶ月だけ。
俺の“お願い”を聞いてくれなかったあの日のことは正直思い出したくもない。

「ん……」

先程の声が届いていたのか、鹿矢は目を覚ます。
まだ意識がぼうっとしているのかぽやぽやしているさまは生まれたてのひよこのようで面白い。

「おはよ……」
「おはよう、鹿矢。随分寝てたねぇ」
「うん……、」

これまでの二年間を費やした『Knights』は鹿矢にとって、無防備に寝姿を晒してしまうくらいには安心できる場所なのだ。
曲がりなりにも広報を担っていて、機密情報の詰まった塊をいつも持ち歩いているのに――本人もその点は注意しているみたいだけど、それを開けっ広げにしてしまったままで眠りこけてしまうくらい今日は気が抜けていたようだから。

「(セッちゃんがそれを怒ってたのは……本人からどうせ口煩く言われるだろうし、黙っててあげる)」

そんな彼女を、一番に起こしてあげられるのは俺だといいなあなんて。
べつに、特別でもなんでもないこの女の子に思うのである。





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