桜が咲く前に、ひと足早く春にたどり着く。
新入生たちでざわつく校門を見下ろしながら、私はシャッターを切って。

「……朝から精が出るのう」
「朔間先輩こそ、珍しいですね。おはようございます」

眠たげな朔間先輩との邂逅である。
気づけば老人めいた口調になっていた彼は、気怠そうに私の隣で新入生たちを眺める。
彼にとっては、四度目の春。本来は同じ学び舎をともにすることのなかった下級生に思いを馳せているのだろうか。

「ふぁ……。やはりこの季節は賑やかじゃのう。初々しくて眩しいわい」
「そうですね。私たちもいよいよ最高学年ですよ」

『fine』による五奇人の討伐が終わって。
彼らのサポートを外れた今、主な仕事といえば学院のドリフェスの広報と『Knights』の手伝いである。
各ユニットの広報も行ってはいるけれど、朔間先輩とはやっぱりあれから疎遠になってしまった。
休学期間があったのも一つの要因だけど、五奇人――三奇人のサポートをすることも無くなったし、『朔間零の女』でもなくなったから。

彼と出会ってから、会うたびに短時間ながらも濃いひとときを過ごしていたと思う。
今思えば誰もが羨む立ち位置で、企みの一つにも気づけず暢気に笑っていたのだ。

少しの間、縁のあった先輩と後輩。
たぶんこれが本来の形。
でも、先輩は寂しそうな気もして。
隣で微睡む先輩の横顔が、別れを切り出した時の表情と重なってしまう。

「……あの。今さらなんですけど」
「ん?」
「呼び方とか、変えてもいいですか。あとタメ口」
「なんじゃ。藪から棒に」

だから、と言うわけでもないのだけど。
周りからすれば少しおかしなこの呼び方を修正するにはちょうどいいのかもしれない、なんて思って、思いつくままに提案する。

自分でもどうかしていると思う。
私は彼のことをさんざん先輩、先輩、って言って、あたかも後輩のような印象づけをした張本人だ。

「三年生も居なくなって、朔間先輩にだけ敬語で先輩呼びなのもおかしな話かなって。嫌じゃなければですけど」
「……我輩は構わんが。くくっ、果たして鹿矢にできるかのう?」
「な、なんとかしてみせますよ」
「さっそく敬語になっておるぞ」

楽しげに返してくるあたり、不快ではないらしい。
むしろ面白がっている節もあるけれど。まあそれならそれでいいだろう。

「さ、朔間……さん」

とはいえ。
慣れないものは慣れない。
私の精一杯を受け取った朔間先輩は、残念そうな表情を浮かべてため息を吐いた。

「なんじゃ。零くんではないのかえ」
「それはハードルが高いですね」
「敬語」
「………………ハードル高いね」
「見事な棒読みじゃのう」

いつか言ってくれた、呼び捨てとかそういうのはもう『朔間零の女』ではないからできないけれど。
ただの後輩――友人になっても、彼との関係が終わったわけではない。
あと一年は同じ校舎で過ごすのだから、青春の隅っこを楽しむことは悪いことじゃない。

ふつうの友人のように。
ありきたりな毎日の風景に。
ずっと夢ノ咲学院を離れて戦い続けた彼の物語の、最後の一年の端でいいから、楽しいもののひとつになれたらいい。せめてもの恩返しになればいい。

「……ふむ。先輩呼びでなくなることは若干寂しいが。その呼び方も悪くはない」
「なら、よかったです。……あー」
「前途多難じゃのう?」

面白いものを見るように目を細める朔間先輩は、少しだけ楽しそうだ。





prev next