※一人暮らしを画策する2 after



お風呂から上がり、後は寝るだけという体勢まで整えて、深夜番組を冷やかしながら他愛のない話をしていたけれど――さすがの彼女にも限界が来てしまったみたいで。

「……凛月くん」
「なぁに」

同じベッドで寝るのはさすがにダメだからと言ってお客さん用の布団を出して、鹿矢はその上で寝転がっている。
ありがたくベッドを占領して下界を覗くみたいに彼女を眺めていると、視線に耐えられなかったのか「寝れないから見ないで」と俺に背を向けてしまった。

「だって鹿矢寝るんでしょ。俺はまだ寝ないし……暇だから眺めてたんだけど」
「なんか落ち着かないから、禁止」
「えー」
「じゃあおやすみー」

冷蔵庫に入ってるものは好きに食べても飲んでもいいからね、と言って鹿矢は布団を頭まで被ってしまう。
夜はまだこれからなのに。まぁ、けっこう付き合ってくれたほうだとは思うけど。

夜食と称して数時間前に二人で食べていたクッキー缶を開けて、口に放り込む。
静かになってしまった部屋で自分の咀嚼音だけが響くのは物悲しい。

チクタクと一秒ごとに時間の経過を知らせる音に耳を澄ませていると、小さな寝息が聞こえてくる。
好奇心に駆られて布団を捲れば瞼は固く閉じられていて、鹿矢はすっかり眠りに落ちてしまっているようだった。

「(もう寝てる。……眠かったのに、付き合ってくれたの?律儀なんだから)」

──“凛月くん”とか、久しぶりに聞いた。
復学した頃、わりと突拍子もなく「呼び捨てにして」と言って半ば無理やり押し付けたお願いを、鹿矢はいまだに守ってくれている。

たぶん、“対等っぽくないから嫌だ”という屁理屈を真に受けたからからなんだろうけど。
ついうっかりそれが抜けてしまって、眠すぎて呼んでしまったことにすら気づかなかったのだと思うとニヤけてしまう。

「(最初はナッちゃんなんかが動揺してたみたいだし。鹿矢も苦戦してたっけ)」

鹿矢は仲が良くても名前で呼び捨てにはしないから、けっこう気に入っているのだ。
あるとしたらセッちゃんや『王さま』だったんだろうけど、セッちゃんはそういうの自分から言い出さなさそうだし。次点の兄者は鹿矢にとって“先輩”っぽいから論外だろうし、可能性はほとんどないだろう。

「(……ふふふ、知る限りは俺だけだもんねぇ。そういうのは悪くない……♪)」

優越感に浸りながら唇をなぞっていると、指についていたらしいクッキーの欠片が彼女の口元に付着してしまって。
拭ってやれば安眠を妨害されていると本能的に悟ったのか、鹿矢はもぞもぞと動いてそっぽを向いてしまった。

それがなんだか気に食わなくて、俺は布団に潜り込んで背中にぴっとりと引っ付く。
……あったかい。ダメだとか言っていたし狭いけど一人で寝るよりこっちのほうがずっとあったかいし、鹿矢のためにもなるよねぇ。俺って優しい。

おぶってもらうときみたいに首に腕を回そうとも思ったけど、息苦しくなったら可哀想だから──代わりにお腹に腕を回して、首に顔を埋めて目を閉じる。

鹿矢の身体はぽかぽかしてあったかい。
雪に塗れたあの日の冷たさはどこにもない。






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