「こういう空って、世界が終わりそうじゃない?」

鹿矢は薄い赤に染め上げられた空を指を指して、どこか楽しそうだ。
夕陽に向かって雲が吸い込まれているみたいな絶景はたしかに終わりっぽくもあるけれど。
……何を言い出すかと思えば。

「じゃあ鹿矢はさぁ、明日世界が終わるとしたら何が食べたい?」
「夜ご飯ってこと?」
「そう。最後の晩餐」

一般的な回答で言えば母親の手料理とか、高級レストランのフルコースとかだろうか。
ううんと頭を悩ませている彼女はぶつぶつと候補を口にしている。

前に朔間さんが奢ってくれたエクレアも美味しかったなぁ、あーでもいちどでいいからあの喫茶店のケーキをホールで食べてみたい。イタリアンも食べたい。いや、でも凛月のお菓子もめちゃくちゃ美味しかったし……。あえて和食もオツでいいね。コンビニの肉まんも制覇したい。冬限定のやつとか。

俺のお菓子がランクインしたっぽいのは嬉しいけど、コンビニの肉まんとかと並べられるのは微妙な心地だ。

「凛月は?やっぱ炭酸ジュース?」
「さすがに最後の晩餐にそれだけは嫌だなぁ……」
「それは言えてる」

鹿矢の部屋のベランダから臨む景色は、そこまで開放的なものではないにしても住宅街側なので空は比較的広く見える。
けれど。学校の屋上だとか、海辺だとかに比べればもちろん狭い世界だ。
視界いっぱいが赤に染め上げられていればたしかに『世界の終わり』なのも本当に思えてくる。

「……鹿矢は食べたいものがいっぱいだからまだまだ終われそうにないねぇ」
「食い意地が張ってるみたいでやだな、なんか」
「いいじゃん。鹿矢っぽいよ」
「てきとう言わないで」
「てきとうじゃないのに」



***



「凛月、今日は泊まるんだっけ」
「そのつもりで来たよ」
「はいはい。……じゃあ明日世界が終わるとしたら、最後に見るのは凛月の顔かぁ」
「不満?」
「ううん?」

最期に凛月を拝めるなんて贅沢じゃん、と鹿矢は笑っている。
……悪くはないけど。ふだんなら気を良くしたままに返事をするけど、今はなんだか狡い彼女の言葉に応えてやるのが癪なので、やめておく。
日はさっきより沈んで、空は真っ赤だ。

「まぁ、俺はま〜くんに会いに行くけどねぇ?隕石の降ってくる空を眺めながら、『綺麗だね』って笑い合うんだ……♪」
「突然SF映画みたいになっちゃったよ。瀬名も同じようなこと言いそう……」
「え〜?そもそも世界が終わるなんてSF映画みたいな話でしょ」
「あはは、言われてみればそうだね。……隕石かぁ、屋上にでも行けばよく見えるかな」

凛月が一緒にいてくれないなら学院にでも行こう、とわざとらしく声を上げて鹿矢は部屋の中へ戻っていく。

「そろそろご飯買いに行かない?最後の晩餐に、コンビニで食べたいものたくさん買ってパーティーしようよ」
「セッちゃんに怒られるよ〜……。夜は自炊しろって言われてるんじゃなかった?律儀に毎晩ご飯の写真送ってるじゃん」
「世界最後の日につき臨時休業ってことで」

神のみぞ知るところなのだろうが、たぶん明日に世界は終わらない。
明日。鹿矢がセッちゃんにガミガミ怒られて、へらへらと謝る図が今からでも想像できてしまう。
世界が終わったとして。そんな日常が無くなってしまうのは少し悲しいかもしれない。

「…………鹿矢は、今日が最後だとしたら。誰と過ごすの」
「……えー?」

ふとついて出た言葉は身支度を整えていた鹿矢の動きを一瞬だけ止める。そうだなぁ、と彼女は考え込むような素振りを見せてこちらを向いた。

「わからない。ひとりかも」

笑っているのに、寂しそうな目をして。
『誰か』を口にしなかったことに安堵する自分とモヤついてしまう自分が殴り合って、感情はぐちゃぐちゃだ。
思わず目を逸らせば、間髪入れずに「うそうそ、家に帰るよ」なんて綺麗な嘘に手を引かれて俺は部屋に足を踏み入れる。

「ほら。凛月も準備して。言っておくけど割り勘だからね」
「……最後の日なんだから奢ってよ」
「やだ」

顔を上げれば寂しさの一つも残っていないみたいな声色で、意地悪そうに笑う鹿矢に虚しさを覚える。
もしかしたら。俺はとんでもなく間違った選択肢を選んでしまったのかもしれない。
 





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