「【サマーライブ】の期間『Eve』の補助係を担当いたします、夢ノ咲学院『広報準備室』の妻瀬鹿矢です」
「ご丁寧にどうも。『Eve』の漣ジュンです。……つってもまぁ、さっき電話で話しましたけど。あ、敬語はなしで大丈夫です。俺のほうが年下ですし」

あ、そうか。漣くんは『Eden』でもあるけれど『Eve』として仕事に来ているから名乗りも『Eve』なんだなぁ、なんて至極当然のことを思いながら言葉を交わす。

「じゃあ遠慮なく。短い間だけどよろしくね、漣くん」
「はい。こちらこそお世話になります」

彼らの通う玲明学園は夢ノ咲学院と違って上下関係が厳しいと聞く。
体育会系というか、コズプロが全体的にそういう雰囲気なのかもしれない。……七種くんや漣くんの、対外部のひとへの態度や口調がそれをよく表していると思う。触り部分の話しか聞いていないが夢ノ咲学院に比べればより実力主義の世界だ。

仕事なんかも事務所主体で決まるようだし。
まぁ、業界全体を見てもそれは普通のことで、比較的上下関係が曖昧であったり、アイドルが自分たちで企画をしたりする夢ノ咲学院こそイレギュラーなのだ。

「お、おぉ……大人のひとって感じだー……。俺、鹿矢先輩のこういうところ初めて見たかも」
「うむ。先輩は『Knights』と居る時の“お手伝いさん”のような印象が強いからな」
「たしかに『Knights』と居る時と違って緩くないもんね。……え?あんずちゃんは結構見てるって?そっか、直属の先輩だからお仕事に同行することも多いんだっけ」
「お〜いお前ら、妻瀬先輩がやめろって目で見てるぞ〜」

後ろから刺さる二年生たちの視線はくすぐったい。

「“お手伝いさん”って。あんた曲がりなりにも『広報』っすよねぇ?そんなこともしてるんですか」
「……似たようなことを個人的に」
「へぇ。そういうの、まかり通るもんですねぇ?贔屓してたら恨みも買いそうなもんですけど」
「あはは。一応は大丈夫だよ」

あんずちゃんはなぜか誇らしげに目を輝かせているし。いや、悪い気はしないけど。
巴も巴で微笑ましそうな視線を向けてくるのは気恥ずかしい。けれどなにか、含んだ目の色をしているような気もする。

「……なーに、巴」
「……うん?鹿矢も立派に先輩なんだと思ってね。きみが後輩に慕われているところを見る日が来るなんて、考えもしなかったから」
「後輩らしい後輩は居なかったからね。……夢ノ咲も変わったってことだよ。革命やら制度やら変わりすぎて順応するだけで精一杯だけど、若い子たちを見守るのも悪くないよ?」
「なんだか随分と老け込んでいるね?それがきみにとっての“先輩像”なのかは分からないけれど。もっと声を張って明るくいこうね!鹿矢は笑っているほうが可愛いんだから。それが良い日和っ!」

わしゃわしゃと私の髪のセットなんてお構いなしに撫でて、巴は満足そうに笑っている。
漣くんはそんな光景を眺めて申し訳なさそうにしているし、二年生たちは好奇の視線みたいなものを突き刺してくるので居心地がかなり悪い。違う、そういうのじゃないから!と声を上げれば余計な誤解を生みそうだからやめておくけど。

巴は深いため息を吐いた私を一瞥して耳元に口を寄せる。
恋愛ドラマのワンシーンを覗いてしまったかのような表情を浮かべた二年生たちは、片や赤面し、片やあんずちゃんの目を覆ってこちらを見ている。

なにしてるの、と腕を掴めばわざとらしく吐息が耳にかかって。

「……ねぇ、鹿矢。これはきみにとって、最高の悪夢だね」

私にだけ聞こえる声で囁いて、巴は一瞬だけ困ったように笑った。







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