「……お〜い。鹿矢ちゃん?」
「朔間先輩」
「俺様ちゃんとお茶に行く約束忘れちまったのか?さっさと支度……ってなんだよこれ」
「……行きますけど見ての通りです。あ。み、見ないでください!」
「いいだろ。減るもんじゃね〜んだし」
地面に這いつくばっている鹿矢は、どうやら楽譜をぶちまけてしまったらしい。
一枚拾い上げて、彼女の手の届かない高さで歪な音符を目で追っていく。恐らく自分で作った曲なのだろう。
……卑屈っぽくてまじめな妻瀬鹿矢という人間からはあまり想像の出来ない、荒々しい音。
焦燥感や――破壊欲すら感じさせるそれは、常軌を逸しかけている。彼女と楽譜を見比べれば、不服そうな表情がこちらを向いた。
「なんですか〜……」
「……いや?この曲、本当におまえが作ったのかよ」
「そうですけど」
「へぇ」
脳裏を過ったのは情緒不安定という言葉。
イメージとはかけ離れているが、彼女の置かれている立場や現状を考えるに、相当参っているのだろう。
「……これ、強そうですか?」
「強そうってより……破壊音?音が食い合っててすげ〜悲惨」
「ひ、悲惨……。たしかに、洗濯機が壊れたみたいな曲とか言われましたけど……!」
「ははっ。的を得た感想だな」
武器になる歌ってそういう感じだと思ったんだけどなぁ、と愚痴をこぼしながら鹿矢は楽譜をカバンに詰めていく。最後の一枚を返して欲しいのだろう、訝しげな視線を彼女から浴びるのは新鮮だ。
「返してくださいよー」
「はいはい。完成したら聞かせろよ」
「うう、満足できるものに仕上がったらいいですけど。……でもこれは没です、没。いちからやり直します」
それはそれで勿体無い気もするが、本人がそう言うのならお蔵入りだろう。つい先程まで手元にあった音たちは、一生日の目を見ることなくひっそりと消えゆく運命を確定されたらしい。
世の中全体を見れば、大した損失では無い。
「……鹿矢。こっち来い。後ろ乗せてやる」
「わ、バイクだ。いいんですか?」
「おう。まぁでも、乗るなら俺の気が変わらないうちにな」
「乗りたい、乗ります!うわ、バイクとか初めて乗る」
「ん。ちゃんと掴まってろよ」
「えっ、は、はい」
「照れてんの。初心だな〜鹿矢ちゃんは」
「照れてないです!」
きっと、きらきらと目を輝かせて。
鹿矢は絶景を見たみたいに声をあげている。エンジン音の隙間から聞こえる言葉は、なんてことない、代わり映えのしない風景すらも称賛する台詞の一部だ。
こいつはどこか諦めているくせに、何故か前だけを向いている。泥を被っても投げられても言い返さずに。ごめんなさいと頭を下げて、また頑張りますと上を向く。
大好きでたまらない奴らとともに居るためだろう。
出会ってそう時は経っていないが、剥き出しの軸は一切ブレることなく堂々とあった。
愛のようなものを一心に向ける姿は微笑ましいが少しだけ寂しくもある。微塵くらい、茶飲み仲間の『先輩』に向けてもいいだろうが、と思ってしまうほどには。
――そんな馬鹿正直で、不器用で、“まじめ”なやつが武器だのなんだのって、くだらない。
「朔間先輩!海、すっっごい綺麗!」
「あぁ?聞こえね〜よ」