「やっほ〜。お隣失礼するよ」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る半刻ほど前。残りの時間を持て余していたらしい羽風が隣の席を占拠する。部活動の呼び出しで不在にしている、瀬名の席だ。
まぁ居ないしべつにいいでしょ。オーケーとジェスチャーだけをして――ごくんと菓子パンを飲み込んで、口元を拭く。
「鹿矢ちゃん、これから俺とお茶でもしない?いいお店知ってるから行こうよ」
「珈琲一杯分でよければ」
はいどうぞ、とカバンから缶コーヒーを取り出して渡せば、そういう意味じゃないんだけどなぁ、と残念そうに眉を下げる羽風はいつもより元気がない。
というか、近頃はあんずちゃんを追いかけ回していたので私にそういう誘いを持ちかけるのは珍しい。なんて思っているとやっぱり華麗に振られたようだった。
「……それにしても鹿矢ちゃんって、三年生になってから雰囲気変わったよね。棘が抜けたっていうか。一、二年生の頃は尖ってたからさ〜、俺としては話せる機会が多くなって嬉しいんだけど」
「ど、どういうイメージよ」
「難攻不落の、鉄の女みたいな?ほんとに誰にも靡かなかったでしょ……朔間さん以外には」
にこ、と向けられた屈託の無い笑顔は少しだけ曇ってみえる。
「俺は鹿矢ちゃんに散々振られてたから、悔しかったけどね。……これでもお似合いだなって思ってたんだよ。だからフェイクだって聞いた時も正直信じてなかったし」
「…………初めて言われたよ、そんなの」
「えっ。そうなの?」
「うん」
瀬名や斎宮なんて鼻から信用してなかったし、巴も半信半疑だったみたいだし。信憑性の無い噂がそこまで拡散されたのは日々樹くんの手腕によるものだろう。
私に対する畏怖が蔓延る中でも謂れのない誹謗中傷はあった。私自身――身に余る冠だという自覚ももちろんあった。
……でも。少しでも、そこに真実味があったのなら、よかった。なにその感情、ってかんじだけど。
「……嬉しくなくはない。ありがと、羽風」
後から、終わってから“そうだったよ”と語られるものは、現実味が薄くて。辛さも苦さも半減してしまった今でこそ綺麗なものとして受け入れられるのだと思う。
本来なら忘れ去られるべき記録に花を添えられたようなもの。抗争とか立場とか一切関係の無い、学生のただの噂話への感想。一年越しの。そんななんてことないものが、けっこう嬉しかった。
「……鹿矢ちゃんってさぁ、」
「なに」
「ううん。相変わらず難儀だな〜と思って」
「はぁ」
「あ。今の、昔の鹿矢ちゃんっぽい」
「去年なんて昔ってほどでもないけど……あーなんだっけ、鉄の女感?」
「そうそう♪何言われても跳ね除けちゃうみたいな、強い子のイメージ」
それはイメージとしてはまあまあ悪く無い、と思いながらミネラルウォーターを流し込む。空になったボトルは軽い。