「来た来た。おいっす〜、鹿矢♪」
「どうしたの凛月。急に呼び出して……うん？」
「妻瀬。貴様も残っていたのか」
「れいの『もとかの』さん、こんにちは〜」
「…………なんの会合？」
どこで何が起きてこの面子が集まったんだ、と武道場に集う三人に視線をやる。
よくよく考えれば、やや因縁めいた二人とおそらく昔馴染みだろう二人、というか――総じてある人物の関係者的な共通点はあるけど。肝心のそのひとはいないし、さっぱりだ。
「……色々あってな」
「その色々が気になるよ……」
揃ってジャージ姿なのも気になるけど。
隅の方で乾かされている制服を見て、理解する。外は先ほどまで嵐のようだったし雨に降られでもしたのだろう。
「ねぇねぇ鹿矢。これ見てよ、傑作だから」
「え、なに。蓮巳の恥ずかしい写真？」
「そんなものはない」
どうやら彼らは電子書籍を読んでいたらしい。
手招かれて視線を下ろせば、見たことのない漫画が端末に表示されている。
曰く、学園ラブコメファンタジーモノの漫画で、夢ノ咲学院の校舎やアイドルをモデルにしているらしく――別称で、ギャップの激しい性格で描かれる同輩たちに思わず笑みが溢れてしまう。噂程度には聞いたことがあったし本人たちからすれば不快なのだろうけれど、話はコミカルで面白い。
「あはは、これ凛月？ヒャッハーって、ふふっ」
「うう……これは見なくていいの〜。俺だって不本意なんだから」
「いいキャラしてるよ。グッズがあったら欲しいくらい」
「鹿矢、趣味悪い」
……なんて他人事のように思っていたのも束の間。
物語は進んで、主人公に危害を加え続けてきた悪役の全貌が暴かれる回。
その正体は顔中に十字架の刺青を入れて悪魔のようにほくそ笑む、黒っぽい口紅をぐりぐりに塗った女だったのだけれど――見事撃沈、ハンカチを噛みながら逃走する始末だ。なんだこれ。それにこのキャラ、やけに見覚えのある髪型をしている。
「……………………待って。これ私？」
「だよねぇ……？ふふっ、キャラやばすぎでしょ。鞭振り回してるんだけど」
「ねぇ、この斎宮みたいな口調なの、なに」
「斎宮……というより、どこぞの悪役令嬢のように描かれているな」
「悪役令嬢」
「たしかに『あくやく』のかおをしていますね〜。あっ、また『はんかち』をたべてます。『こうぶつ』なんでしょうか……？」
「深海くん、違う。これは噛んでるの。悔しくて」
「ふ、ふふっ、なんで鹿矢が庇うの」
「私と同じ顔してるの！庇いたくもなるでしょうが！凛月は笑いすぎだから！」
更にページをめくれば火刑にかけられそうになっているし。あ、熱そう。痛そうだしやめて欲しい。
「あ〜、でも上手いこと逃げたっぽい？」
「まさか『はんかち』が『はね』になるなんて……、なかなかやりますね……♪」
「蓮巳。作者教えて。訴えてやる」
「落ち着け。……この件は、然るべき対処をするつもりだ。多少顔が割れているとはいえ妻瀬まで登場しているとなると、いよいよ俺の手に余るしな」
深々とため息を吐く蓮巳が言うには、この漫画は復讐や嫌がらせという意図ではなく、何者かによる経営戦略の一環かもしれないのだという。
外部とのやり取りの多い私なら心当たりの一つや二つあるだろうと考えた末の呼び出しだったらしい。が、逆に心当たりがありすぎて件数を絞れそうもない。夢ノ咲学院を恨んだり疎ましく思う企業なんて星の数ほどあるので、あてはつけにくいのである。
「ほんと名誉毀損だよ。この悪女、自分の顔じゃなかったら面白いね〜で片付くのに……」
「鬼龍なんか殺人鬼扱いだからな。“まし”とは言わんが、面白キャラなあたりまだ愛嬌があるぞ」
「たしかに、鹿矢より愛嬌はあるかも？」
「凛月。それはどういう意味かな〜？」
どうもこうもないよと笑う凛月に軽くデコピンをかませば仕返しと言わんばかりに後ろからのし掛かられて、勢いのままに潰される。短距離であれば運べる重さとはいえ、重たい。
「ぐえ」
「討ち取ったり〜♪」
漫画の中の登場人物になってみたいとか――多少は思ってたけど、勝手にモデルにされて濃いキャラ付けをされてしまうとは想定外だった。
というか、中ボス程度にしても悪役に任命されるなんて大層な役回りだ。……戦隊モノや女児アニメで時々見る、ボスの隣席は自分だと思い込んでいる系。口車に乗せられているだけで他の僕と大差無いのに、勘違いして調子に乗っちゃって可哀想だ。
でも、純粋に続きは気になる。グッドエンドは期待できなくても、漫画の世界でならもっと違う着地点が……若しくは救いのある過程が見れるかもしれない。そう期待するのは、現実に対する冒涜だけど。
「鹿矢、自分の端末で読むつもりでしょ」
「…………そ、そうだけど。もう見れなくなるかもだし、気になるからね。凛月も読む？」
「俺はある程度読んだしいいかな。……あの鹿矢まがいも、悪役なんてさっさと辞めて女番長でも目指しちゃえばいいのにねぇ」
「うわぁ、ライトノベルにありそう」
凛月も不良キャラだし一緒に世界征服でも目論もうか。
一度死んで転生するのがお決まりだとしても。まぁそんな外伝も悪くない。