「……鹿矢って、そんなにチョコレートが好きだったんだね」
「いや?ふつうかな」
「じゃあその大量のチョコは何なの」
「バレンタイン用だけど」

即座に答えた私に少し気圧されたように黙り込んで、まさかぼく以外にあげるなんて言わないよね?と刺さる視線は痛い。

「配布用。日頃の感謝的なやつ」
「……」
「……だから、義理チョコ。当日出会ったひとに渡そうと思って」
「ふぅん……律儀だね。義理だとしても、ぼくとしてはあまり良い気分はしないけれど?」
「わ、分かってるよ。巴にも用意してるってば」
「……はぁ、もう。そういうことじゃないんだけどね?」

頬を膨らませながらも欲しいことには欲しいらしい。
明日の収録が終わったら時間が空くから夜はどこか予約しておいてね、と巴はそっぽを向いてしまう。
分かったと答えて、予約してるけどね、一応。と心の中で呟く。七種くんに予定を聞いて収録後は予定が無いと知っていたし。
しかしまぁ、見事に――仕事終わりに突撃してデートに誘おう!名付けて巴サプライズバレンタイン計画は破綻したのだった。

さて、それはもういいとして。
……チョコはもう準備してある。巴が背にしている冷蔵庫の中に、ラッピングも済ませて潜ませてある。思い切って手作りをしてみたけれど彼の口に合うかどうか。
あとは明日渡すだけなのだが、自分用にと買っておいた高級チョコを念のため持っておこうか。
全部溶かせば湖でも出来てしまうくらい、愛情もお金もかけられた豪勢なチョコレートをたっぷり貰うのだろうから。味の保証のあるものを携えておくのがベターだ。

そんなことを思案しているとも知らない巴は、私に訝しげな目を向けている。

「鹿矢ってば男心をまったくわかっていないよね……。自分以外の男に渡すチョコの山を見て、良い気持ちになるとでも思っているの?」
「いや、思ってないよ。ごめんって……」

巴はこれの比じゃないくらい貰うと思うし私も見たくはないけど。今更どうこう言うつもりはない。だって大人気アイドルだし。
だからまぁ――日々の感謝を告げるだけの私も大目に見てほしいところではある。

日付が変わるまであと、十五分。
……今日は久しぶりのデートだったと思う。ほんのわずかな時間だったけど、仕事終わりに待ち合わせて――私にはちょっと身の丈に合わないようなディナーデートを楽しんで、食後のティータイムと称して私の家で寛いでいた。その矢先にこれなので、失敗した心地だ。
泊まりの約束もしていない巴は帰ってしまうだろう。私も彼も明日は朝から夕方まで忙しいし。

そういえば今朝の占い、私の星座はそんなに良いこと言ってなかった気がする。
というか――義理チョコの山たち、布をかけるなりして隠しておけばよかった。中身を問いただされて同じ展開だったかもしれないけど、それくらいなら今からでも遅くはない。せめてチョコの山を視界から離してやろう、と私は立ち上がる。

「どこにいくの」
「……チョコを隠しに」
「……ぼくの機嫌をとるほうが先じゃないの」

よく見れば。巴は不貞腐れていると見せかけて、しょげているらしい。
かわいい、と思わず口にしてしまいそうなのを飲み込んで、思いのままにバックハグ。頬に当たるふわふわの髪の毛が気持ち良い。

これでどうだ、と巴の顔を覗き込めば、満更でもないみたいだけど――得意げな私が癪に触ったようで軽く鼻をつままれてしまった。

「あいたっ」
「……及第点。鹿矢にしては情熱的だけどね」
「採点厳しいなぁ」
「及第点をあげたのもぼくの優しさだからね。今後も精進するといいね!」
「はいはい。精進しますー」

……およそ恋人に対するものとは思えないセリフである。
内心嬉しいしドキドキしてるくせに。
抱きついてるから、あなたがちょっと動揺してることくらい気づいてるんですけど。

一矢報いてやろう、と耳を咬んでやれば巴はびくりと肩を揺らす。
妙な達成感に心の中でガッツポーズをしていると――視界は反転して。背に感じるホットカーペットの熱と、僅かに見える天井に思考は止まってしまう。

あ、今、押し倒されてる。
視界のほとんどを占めている余裕の無さそうな巴に、鼓動がばくばくと加速していく。

「……いけない子だね。明日は鹿矢もぼくも仕事だし、もう帰ろうと思っていたのに。ぼくの理性はそんなに頑丈にできていないんだけど?」

“そういう”つもりで起こした行動でもなかったんだけどなぁ、とは言いにくい雰囲気だ。

「そ、そんなに脆いの」
「嫉妬でぐちゃぐちゃだから余計にね」

薄紫色の瞳が、近づいてくる。
額同士がぶつかって、視界の逃げ場も失って。目を合わせたまま口の端に落とされた唇がじれったい。

「……ねぇ、鹿矢はこれだけで満足?」

熱い吐息に思考がぐらぐらする。
望まれているのはひとつだろう。
応えるように、私は腕を回す。

「……巴」
「なーに」

今日泊まっていかない?なんて――彼の期待通りに吐いた台詞に、巴は心底嬉しそうに微笑んだのだった。






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