春の暮れ。
前夜祭では瀬名となるくんが【ファッションショー】を行うことになって。
私はその準備に明け暮れながら、【春の音楽祭】に出演する朔間さんに頼まれた雑務をこなしている。
資料を渡そうと軽音部部室の扉を開けば――二、三割ほど生命力を吸われたみたいな朔間さんが項垂れていた。

「え、ええ……何があったの」
「我輩を慰めておくれ、鹿矢。傷心でなんにも頭に入らんのじゃよ……」

朔間さんが沈む理由と言ったら彼の最愛の弟関連だろうな、という察しはつく。
たしかに今日遠くに見かけた凛月は元気がなかったように思う。聞けばそれを励まそうとしたところを、余計に不況を買ってしまったらしい。だる絡みでもしたのだろう。

「…………わ、分かったから。資料に目通しててくれる?その間に慰めるから」

はい、と印刷したてでまだ熱の残る資料を押し付けて、朔間さんの頭を撫でてみる。
いつもは撫でられる側だからなんだか変な気分だ。何の時間だろう……とも思う。

「……うむうむ、よく出来た資料じゃ。さすが鹿矢じゃのう。特に問題は見当たらぬしこのまま進めておくれ。お〜いおいおい……」
「はーい。ありがとうございます」
「……我輩泣いておるのに。もっと慰めてくれてもいいんじゃがのう」
「慰めてますが」

ちらりと覗く赤い瞳は潤んでいる気がするけれど――ガチ泣きなのかどうかすらよく分からない。
一応ハンカチを出してあげよう……。あれ、ハンカチどこだっけ。ポケットに入れたと思っていたが感触がない。
カバンに入っていたかも――と立ち上がった途端、勢いよく扉が開かれる。

衣更くんを筆頭とした『Trickstar』、乙狩くん、大神くんが朔間さんと私を交互に見比べて。
明星くんはおぞましいものを見つけたかのように「うそ」と呟いて、声を上げた。
彼らの目に映ったのは、泣いている朔間さんにそれを見下ろす私。とかいう光景なのだと思う。

「鹿矢先輩が朔間先輩を泣かせてる……!」
「誤解!」




***



「……すまん、妻瀬先輩。明星のはやとちりを俺も少しだけ信じてしまった」
「いいけど。ふつうに考えてあり得ないでしょ」
「そうなのか?……個人的な印象だと仲が良さそうだったし、喧嘩のひとつでもしたのかとも思ったが」
「してない……」

言われてみれば朔間さんと喧嘩っぽいこととかしたことないな、とぼんやり思いながら――輪の隅っこで朔間さんたちの会話に耳を傾ける。

『Trickstar』の面々は【春の音楽祭】への出場の相談とあわせて、衣更くんと凛月のいざこざ(仮)について助力を乞うべく蜘蛛の糸に縋るように朔間さんのもとを訪れたのだという。
――どうやら凛月は朔間さんだけではなく、衣更くんとも喧嘩をして彼を避けているらしい。
朔間さんも朔間さんで同じような状況だったというのは彼らにとって悲報である。

朔間さんはともかく、凛月は幼馴染である衣更くんのことが大好きだったと思うけど。
去年の秋頃のライブでもラブコールを贈っていたことだし。

衣更真緒くん。
学年は一つ下の二年生。凛月がべったりの幼馴染で――【DDD】緒戦、『Knights』を打ち負かした『Trickstar』の一員で、赤毛と前髪を上げた髪型が印象的な働き者。生徒会に属しながらも、その立場を上手く利用しながら革命を成し遂げた立役者の一人である。

彼は基本的に人当たりが良いし喧嘩を仲裁するシーンは目にしたことがあっても誰かと口論をしているところすら見たことがないから、凛月と喧嘩とか想像もつかないけど。幼馴染相手にはするものなのだろうか。

「……そういえば。妻瀬先輩、凛月と仲良しですよね?」
「えっ」

と、まぁ、他人事のように話を聞いていたのだが――衣更くんの声によって私は一斉に視線を浴びる。
希望を灯したまっすぐな瞳を向けるのはやめてほしい。眩しいから。そもそもそういうの慣れてないから。

「……わ、悪くはないと思うけど」
「ご謙遜を。あいつ、俺といる時も先輩のこと話しますよ〜。俺が甘やかしてるんだ〜とか言って……」

はっ、まさか。と、何かに気づいてしまったみたいな表情に変わっていく。若干頬が赤い。
衣更くんって、当たり前だけど思考が男子高校生である。誤解してるに一万円は賭けてもいい。

「も、も、もしかして、実は凛月と付き合ってたりなんかします……?」
「付き合ってない。……同い年だし、友達として甘やかしてくれてるのは間違ってないけど。断じてそういうのではないから」
「え。あの凛月が……?マジか〜……」

一般的な凛月の基本属性は甘えん坊、吸血鬼、気だるさの権化のようだから私が甘やかされているなんて話は目から鱗だろう。
事実ではあるのだけど、誤解を生んでしまいそうなのでもう一度「違うから。本当にそういうのじゃないから」と強めに否定しておく。いや逆に怪しくなってないかこれ。なぜか朔間さんからの視線も痛いのでサッと逸らす。

「ええっと……ともかく。埒があかないんで、仲立ちしてもらえたりすると嬉しいな〜って思ってるんですけど。……ダメですかね?」
「そうじゃのう。せめて話は聞いてやるくらい甲斐性を見せてもいいじゃろ、鹿矢『先輩』?」
「ははは。圧が強いですね」

正直、すごく、やり難い。






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