「…………おや。外、雨みたいだね」

本日、快晴。顔を合わせて数日目。
街へのお供を命じられた私は荷物を携えながら、薄暗くなってしまった窓の外を臨む。

有り難いことにすべてのショップバックに雨避けカバーを付けてくれた店員さんに見送られ店外に出れば、先程までの晴天は何処へやら――陽光の代わりに空から落ちてくる大きな雨粒が勢いよく地面を叩きつけては鈍い音を響かせていた。

「今日は晴れじゃなかったのかね。悪い日和……」
「通り雨っぽいし、すぐ止むよ。……私、折り畳み傘なら持ってるよ」

隣の、雨空をみつめる巴が傘を持っているはずもないけど。
カバンから取り出しかけた折り畳み傘を手に取った巴は、名案とばかりに傘を広げる。

「男女が二人でひとつの傘をシェアすることを『相合傘』って言うんだっけ?ぼくたちでそれを試してみてもいいね」
「え、ええ……。巴の肩絶対濡れるから、だめ。風邪引かれても困るし。アイドルなんだから体調管理には気を付けないと」
「ふふ、そんなの妻瀬さんに言われなくたって気を付けてるけど。……ダメな理由、他にもあったりしてね?」
「……強いて言うならスキャンダル防止。よくある話じゃない、相合傘してて撮られましたとか」
「うん?そんなのは英智くんに揉み消させればいい話だね」

折り畳み傘を手に持ったままの巴は諦めてはいないらしく、感情の読めない笑みを浮かべてこちらを向いたままだ。
……近場のコンビニまでは走って数分、せめて十分もあれば傘を買って戻って来れるとは思うけれど。
待っててね、と言い付けて待っていてくれそうもない。一応、聞いてはみるが。

「……コンビニまでひとっ走りしてくるから、ここで待っててほしいな〜……なんて」
「……ぼくが、きみの言うことを聞く義理はないね?」
「はは、そうですね」

――と、当たり前に聞く耳持たず。
大した時間を共にしたわけでもない巴日和にとって、たとえ同級生だとしても青葉に遣わされた私と彼とでは明確な上下関係があるという認識なのだ。
どうやら覚悟を決めたほうがいいらしい。

「……ここ数日で理解したとは思うけれど、ぼくはぼくの意見を曲げるつもりはないからさっさと降参するのが賢明だね。傘は持ってあげるから、ぼくや荷物が濡れないようにきちんと収まってね?」
「無茶言う〜……大人しく待ってればいいのに…………」
「反論は受け付けていないね」

高校生男女が折り畳み傘にきれいに収まるなんて無理なこと、分かっていそうなものだけれど。巴はお構いなしに私の腕を引く。そして、大雨の渦中へと足を踏み出した。

傘の内側は閉鎖空間じみている。
雨音が強いのにそれよりも近くに聞こえる巴の息遣いと、密着している体勢が気恥ずかしい。
……というか、きちんとコンビニに向かっているのだろうか。逆方向に向かっている気がするんだけど。
行き先を尋ねようと視線を向けたのとほぼ同時に、巴は傘からはみ出ていた私の肩を引き寄せる。

「妻瀬さん。肩、濡れてるね。もっとこっちに寄れる?」
「こ、これ以上は無理……あの、私は大丈夫だから」
「そうは言っても女の子を雨晒しにするのも気分が良くないからね……特別に、腕を組んでもいいけれど?」
「……恥ずかしいから遠慮しておきます」

大体、相合傘なんて初めてなのに恋人でもない巴と腕を組むなんて無理な相談だ。
腕を組むくらいなら濡れたっていい――と思うほどではないけれど羞恥が勝る。
それを感じ取ったらしい巴は興味津々とばかりに声色を落とした。

「ふぅん……妻瀬さんってばこういうの、慣れていないんだ。案外初心なんだね」
「……え〜。案外って何」
「…………だってきみって、あの――」

そう巴が言いかけたところで。
バケツをひっくり返したかのような水量が、傘を叩く。ただでさえ強かった雨脚はその勢いを増し、当然のように私たちの足元は濡れていく。

加えて。突風が吹いて傘は見事に意味を成さない姿へと変貌してしまって、あっという間に全身びしょ濡れ。
数秒前までふわふわに揺れていた巴の髪の毛もすっかりぺしゃんこで水が滴っている。

「……ぷっ、あははっ!なんだかコメディドラマみたいな展開だね!」
「うう、びしょびしょ……なんかシャワー浴びてるみたい」
「言い得て妙だね。でもぼくはこんな路上でシャワーなんて浴びたくなかったね!」
「右に同じく〜……」

化粧も落ちて、制服も荷物もびしょ濡れで、ひどい形相をしていることだろう。
けれどそれを嘲笑うわけでなく、巴は視界の邪魔をしていた私の前髪を耳にかけて、二人して海に飛び込んでしまったみたいだね、と眉を下げて心底楽しそうに表情を緩めていた。
──ああ、そんな顔をして笑うこともあるのだ。巴日和というひとは。

「まぁ、このままだと風邪を引いてしまうからあの建物まで走ろうね?あそこなら雨宿りできそうだし。少し距離はあるけれど」
「そうだね。……競争でもする?」
「競争なんてナンセンスだね!……ここは、二人三脚で行くべきだね?」
「…………えっ。むしろ遅くなるんじゃ」
「そんなの知らないね。ぼくと二人三脚できるなんて光栄なことだからね?一歩ずつ感謝を噛み締めながら走ると良いねっ!」
「わっ、ちょ、ちょっと!」

ばしゃばしゃと、水溜りを蹴って走っていく。
二人三脚とも言えないようなばらばらな足取りで、周りに通行人が居ないことをいいことに水飛沫を立てながら。
非日常も非日常、顔を見合わせて、もう一生訪れることのないだろうこのシュチュエーションに可笑しくなりながら。

濡れた服は重く走るのにも労力を要する。
そのうえゴロゴロと雷鳴まで聞こえてくる。
最低最悪の天候の下で身を守るものは何ひとつなく無防備に身体を晒している。にも拘らず、どこか開放感に溢れていて清々しく感じた。







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