詞の無い歌 #01 Ut queant laxis



視線。
じっと見つめられるわけでもない。
隣の席からたまに覗くように向けられるそれは、自分へ向けられているものだと思い込んでいた。
それこそ、視線の主はアイドル科のイレギュラー。異端児。『広報』の冠をもつ一人の女の子からだったのだから。
俺に見惚れているなんて話も無きにしも非ずだろう。

「(……もしかして)」

でもそれは勘違いだと、とんとん、とまるで音楽を聴いている時みたいに動いている彼女の指を見て気づいた。
俺の今聴いている、れおくんの音楽と同じそれを刻んでいたから。
こいつは音漏れしているものを聴いて、夢見心地な表情をしているの。

世話を焼いてやる義理はなかったけど、遊びの誘いを断り続けて、いつも独りぼっちでいるから。彼女のためになるかも分からない座学を懸命にこなしている姿を見ていたから。

「……音漏れしてた?」
「えっ、」
「指。リズム取ってたでしょ」

だから視線をあわせて、今気づいた、みたいに言ってやった。
声をかけられると思っていなかったからか、彼女はしどろもどろに返事をする。

「ごめん、つい……」
「別にいいけど。もしかして、これいつも聞こえてた?」
「……うん。実はいつも聞いてた」

日々の楽しみにしてました、なんて彼女は恥ずかしそうに白状する。
……やっぱりそうだった。
無性に、腹が立つ。そんなので満足してないで聴かせてって言えばいいのに。

「……あのさぁ」
「は、はい」
「聞きたいなら素直に言えばいいでしょ」
「えっ」

まともに周囲の人間とコミュニケーションをとっていないからか、俺とは挨拶くらいしかしないからか――そういう当たり前なことすら言えなかったのだろう。
こいつ夢ノ咲どころか芸能界向いてないんじゃないの。

「ほら。これ、貸してあげる。……悪くない曲だから。ちゃんと聞いたら?」
「……いいの?」

押し付けるみたいにイヤホンを手渡せば彼女はおずおずと耳につける。
それと同時に再生ボタンを押してやる。れおくんの音楽が彼女の世界を埋めていく。
まるで初めて美しいものを見たみたいに。目を輝かせて、涙を流す彼女の表情は悪くないなと思った。

「すごい、」

自然と溢れただろう賞賛をれおくんに届けてやりたい。
ちっとも笑わなかった女の子をあんたは音楽ひとつで笑顔にしちゃったんだよ。なんて思いながら、少しだけ誇らしげに、俺は音楽に聴き入る彼女を見ていた。





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