「この世界に」

彼女に連れらるまま仮自宅へと向かう。
'この世界'の'私'のことを詳しく聞いてみたい気もするが、少し怖さもある。
もし違う人だとばれたら、もし全くの別人で、戸籍も何もないおかしなやつだと感づかれたら…
急に気分が悪くなるような寒気が全身に伝った。

「名前姉…最近のこと、何も覚えていないのか?」

「…ぇ、あ、うん。全然覚えていないの。ごめんね…」

「いや!名前姉が謝ることじゃないよ。何か手掛かりになればいいと思ったんだ!」

彼女はそしてまた笑った。
手掛かり。確かに現状どうしてこういう経緯になったのかも謎だらけ。パラレルワールドなんて、それこそファンタジーで、漫画のような出来事だ。私がまさかそんなわけも分からないことに巻き込まれるなんて。親や友達、恋人の顔だって鮮明に覚えているし、大きな不満も、悩みもなかった。
私は怖さを打ち消すように拳を握り、少し身構えながらも、彼女に'私'のことを聞いてみた。

「真純、ちゃん。最近…'私'って何か悩んでいたり、困っていたことなかった…?」

「悩み、かぁ。名前姉は元々、誰かに相談したり、頼ったりすることがなくてね。自分でどうにかしようとする人だったよ…でも、会えなくなる前はたまに'誰か'と連絡を取っていたかも。」

'誰か'。その人に聞けば何かわかるだろうか。
とりあえず'私'の情報がほしい。どんな人物で、どんな生活を送っていたのか。決して他の人に私が'私'ではないってことはバレてはいけないと思う。だからなるべく早く'この世界'に順応しなければならない。だって―――

「あ!ここが名前姉の家だよ」

「でか…」

私は首が痛くなるほど大きな高層マンションを間抜けな顔で見上げた。
'私'って何者なのだろうか。




「わ〜!!名前姉の家久しぶりだ〜!」

彼女は慣れたように靴を脱ぎ、部屋へと入っていく。
私は、まるで綺麗なホテルに来たかのような広い玄関に呆然としているというのに。
途中、鍵なんて持っていないと絶望仕掛けたのだが、ここのマンションは全て顔認証&指紋認証システムらしいが、何故か通れてしまい、助かりもしたが指紋も同じとなるとそろそろ本格的に怖くなってきた。

「名前姉、とりあえず先に保険証とか持って病院に行こうよ」

「うん。そうだね。探してみる」

あまりに綺麗な部屋なのでどこを探していいか分からないが、棚やクローゼットを開けてみた。すると奥のほうに写真立てが伏せてしまっており、手に取ってみる。写真の中にはとても楽しそうに笑っている'私'と、口元には薄い無精髭があるが、顔はクール寄りの中々のイケメンで、少しはにかんだような笑顔が印象的の男性と仲良さげに写っていた。この男性…見たことあるような、ないような。

「あー!この人と名前姉、付き合っていたんだよなぁ」

「え!?そうなの?」

「あぁ、結構長かったみたいだけど、最近はその人の話も聞かなくなったよ」

「別れちゃったのかな…どんな人なんだろう。」

「ボクもその時日本にいなかったからなぁ…でも正義感の強い人だって言っていたよ」

「そっか。…アメリカにいたんだもんね」

「え?なんでボクがアメリカにいたの覚えているんだ?」

「!!?あ、いや…何かちょっとずつ記憶に残っているみたい…」

「そうなのか!それは良かったよ!!」

「少しずつボクに慣れた感じもするし!」と彼女はニコニコしているが、こっちは気が気じゃない。危なかった。記憶喪失設定なのだから言動には注意しないと。というか、彼女がいたのはアメリカだったっけ。原作知識もそんなにあるわけでもないから更に気を付けないといけない。
私がほっと胸をなで下ろしていると携帯の音が部屋に鳴り響いた。それに少しびくつくも発信源はどうやら彼女の携帯らしい。

「あー!ごめんな、ちょっと待ってて」

彼女はそう言うと玄関の方へ行った。確か探偵業もしているからか、その依頼人からだろうか。あまり深くは考えこまず、ふと思った。そう言えば'私'の携帯はあるのだろうか。だが、それは案外早くに見つかった。テーブルの上に寂しそうに置かれていた携帯を手に取る。淡い桃色のシンプルな女性らしいデザインのカバーがつけられていて、中々に好みのものだった。
だが、パスコードが分からない。試しに自分の誕生日を入れてみるもダメだった。何か手掛かりはないかと思った時、携帯が鳴った。'私'のからだった。
携帯に記された名前を見たときに目を見開く―――

「安室、透…」

頭の片隅にある、あの正義感の強い青い瞳が脳裏を掠めた。