ペリドット
「・・・で?おめェはどうすんだ、ナマエ。この船はそろそろ'コーティング'をし始めるから、海に潜っちまったら、戻れねェぜ?」
「・・・・・・コーティング?海に潜るんですか!?」
「グラララッ・・・そうだ」
白ひげは何か企んでるような、不敵な笑みを見せた。だがよく見ると身体には'管'が繋がっている。ナマエはそれを見ると、眉間に皺を寄せる。まさかこの人・・・身体、悪いんじゃ・・・そんな身体で戦争に行くというのか。ナマエは白ひげを一瞥すると、息をついた。
「あまり、無理はしないでくださいよ?」
「・・・あぁ、これか?これはマルコが大袈裟にしているだけだ」
「大袈裟じゃねェよぃ。医者の言うことは聞くもんだぜ?親父」
マルコは呆れたように肩を竦めてみせた。なるほど、わりと苦労しているようだ。
「おめェもボロボロじゃねェか・・・おい、マルコ、診てやってくれ」
「・・・いいのかよぃ?」
「こいつァ敵じゃねぇよ。」
マルコは白ひげの言葉を聞くと、諦めたように頷いた。別にナマエのことを邪険にしているわけではなく、なるべく不安要素を排除しておきたいのだ。これから激しい戦いが始まる為、船内もマリンフォードに近付くにつれてピリピリと緊張感が漂っている。そんな中、'仲間ではない者'が船にいるということがどれだけストレスか。
それはナマエも理解していたので、何も言わずに苦笑いだけしてみせた。
「ほら、まずはその酷い腕から見せろよぃ」
白ひげの部屋を後にすると、医務室へと足を運んだ。イゾウや他の隊長達は邪魔になるだろうからとその場からいなくなった。白ひげと知り合いということで、少し緊迫した空気感はなくなった気がする。ナマエは医務室のベッドへと腰を掛けると、久しぶりにほっと息をついた。
最近息が詰まるようなことが続いていたからか、少なからず身体にも精神的にも負担があったのだ。
「あー・・・腕はいいです。他のところやってください」
「あ?何言ってんだよぃ。そこが一番ひでぇだろうが」
「いやいや、ここはホントに・・・遠慮したいです」
ナマエは血塗れの腕をバッと隠した。そう言えば服もボロボロだし、腕が'見えてしまっている'。普段は包帯も巻き、その上に服を着ている為気にしていないが、今は露わになっているのだ。マルコの剣幕に負けないように、片方の手でぐっと二の腕を押さえた。
「おいおい、そんなに押さえたら悪化するからやめろよぃ!」
「・・・っ、じゃあ診ないでくれますか?」
「そういう訳にはいかねぇだろぃ」
「じゃあダメです!」
「・・・!っこの!盗人野郎!!」
頑なに見せようとしないナマエにマルコの額には青筋が浮かんでいた。マルコは船医なのだ。怪我人がいるのなら治療してやるのが仕事であり、強制事項である。
ジリジリとマルコが近付くとナマエも下がる。だがナマエはベッドにいたのだ。そんな逃げも虚しく、すぐに壁に当たってしまう。マルコはナマエが逃げるより早くに動いた。
ハッと壁に気付いた瞬間に腕を両方掴まれ、そのまま壁に押さえつけられた。ジタバタと暴れるも、足の上にマルコが乗っている為上手く動けない。ナマエはサーッと顔を青くした。見られたくないのに!!!恨めしい顔でキッと睨み上げる。
その姿はなんだか欲情的で、自分でこの体勢になっておきながら、マルコは息を飲んだ。おいおい、待て待て・・・相手は'男'だぞ?しかもガキ相手におれは何を思ってんだ全く・・・
おれの対象は女である。
落ち着かせるように息をつくと、ゆっくり手を離してやる。
「力ずくでされたくなかったら、大人しくしろよぃ。・・・事情があるなら、無理にとは言わねぇけど・・・そのままにしておいたら悪化するだけだ。
それに親父にも診てやれって言われてるからな。診ないわけにはいかねェだろぃ?」
「・・・・・・・・・・・・分かりました。絶対に、誰にも言わないでください」
ナマエは俯いたまま、腕だけを差し出した。その声は少しだけ震えてるような気がしたが、親父のことを出せば素直になるナマエに少しだけ溜め息をつきたくなった。親父とこいつはどういう関係なのか。
マルコはナマエの上から退くと、隣に座り、差し出された腕を手に取ると、付着している血をガーゼで綺麗に拭ってやる。そこには火傷のような痕の他に、'ある紋章'が目に入った。
「・・・これは・・・'タイヨウ'のマーク?」
正確にはタイヨウのマークの上から、バツ印が描かれており、なんだか不思議なマークだだった。ナマエは依然と俯いたままだ。だがボソリと呟かれたことに目を見開いた。
「・・・・・・・・・元は、'天駆ける竜の蹄'だったんです」
――アマゾン・リリー、九蛇城内
ルフィはくまによって女ヶ島に飛ばされ、一時はハンコック達に殺されそうになるも、ルフィに国としてのピンチを救われ、その懐の大きさに、殺されることもなく城に招かれていた。
ルフィがそこで見たものは、ハンコック達が決して'死んでも見られたくないもの'――'天竜人の紋章'であった。それは奴隷という証でもあり、天竜人達の所有物であるという証でもあった。ハンコック達の話はこの世界の汚点でもあり、この世界そのものだった。
「――たとえ国中を欺こうとも・・・!!!わらわ達は一切のスキも見せぬ!!!もう誰からも支配されとうないっ・・・!!!」
涙ながらに語るその姿に口を挟める者はいなかった。
「誰かに気を許す事が恐ろしい・・・!!恐ろしうて・・・かなわぬのじゃ・・・!!!」
「・・・姉様!!」
「・・・・・・じゃが・・・一つ、心残りがある・・・」
ぐすりと鼻をすする音と共にまたポツリと話し出した。
「奴隷になって3年経った頃か・・・その時、奴隷の交換が流行し、'1人の少女'と出会ったのじゃ。その者は、一族が代々'奴隷一家'でな・・・幼子にしてほとんど感情がなかった」
恐ろしいこともあるものだ。奴隷の一族ってなんだ。もはや人間のする所業ではない。ルフィは自然と拳を握り締めていた。
「・・・だが、とても――優しい子じゃった。わらわ達が天竜人の機嫌を損ねてしまった時には、身を呈して、庇ってくれた。
わらわ達がお腹を空かせている時は、自分はあまり空かないからと、食べ物を分けてくれた。
おかしいであろう?わらわ達よりも歳の下の子が・・・・・・」
ハンコックはギリッと奥歯を噛み締めた。
『ご主人様、この人たちはまだこのおうちに慣れていないです。だから'せんぱい'のわたしが悪いのです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
『・・・・・・いらないから、あげる』
ハンコックは思いを馳せた。あの子は元気にしているだろうか。上手く逃げ延びただろうか。あまりに感情のない瞳にハンコック達は最初は畏怖を覚えた。だが、その瞳を作り上げたのは、天竜人達であり、この世界である。
だから恩返しとまではいかないが、その少女には色んなことを教えてあげた。決して人間をやめないでほしい。こんなに優しい子がここで諦めてほしくない。世界の話や、今までした冒険の話、能力や海賊の話。
最初は聞いてもくれなかったが、次第にその子の目には光が指すようになった。他の奴隷と関わるつもりはなかったが、その少女とは仲良くしていた自覚がある。それくらい気にかけていた。
『わらわはハンコックと申す。こやつらは――』
『サンダーソニアよ。ソニアって呼ばれてるわ』
『マリーゴールド、マリーと呼んで』
『わたし、は――』
「名は――ナマエという者だった。」
「・・・!?ナマエ?!!」
少女の瞳は深い深い、負の光を宿していた。