サーペンティン


「さっさとやるぞ!」

そう言ったハルタは剣を引き抜くと、ナマエへと剣先を向ける。周りは白ひげ海賊団という名のギャラリーで埋め尽くされている。広々とした甲板には殺伐とした空気が流れた。マルコはそんな空気に溜め息をついた。元々ナマエのことは親父に相談しようと思っていたのだ。どうにか助けてやれないだろうかと。ナマエの話を聞いて同情ではないが、少なくとも追い出そうとは思えなかった。
だがこんなことになってしまい、フォローもできる間もなく、何故か戦闘態勢になってしまった。止める気配のない白ひげは、なんならナマエの実力を見ようと口角が上がっている。また一つ溜め息がこぼれた。

「ハルタ隊長!やっちゃってくだせぇ!」

「盗人も簡単にやられるなよ〜!」

「いやいや、意外と・・・」

周りは言いたい放題だ。ふぅと息を吐いたナマエはゆっくりと首を回すと、ハルタを睨みつけた。瞬間にハルタの視界からナマエが消える。はっと気配を探ると傍まで迫っている空気を感じ取る。ギリギリでそれを避けた。

「くっ!速ェな・・・!」

ハルタも素早くナマエへと剣を振るうも、ナマエはそれをバック転しながら避けた。速くて、身軽で――そして能力者。ハルタは直ぐに理解した。こいつは、本当に'4億'だ。

「ハルタさん、遅いですよ」

気づいた時にはハルタのお腹には拳がめり込んでいた。「かはっ・・・!」と息が漏れる。吹っ飛ばされないように耐えると、咄嗟にナマエの手を掴んだ。そして背負い投げのようにして、名前と距離を置いたが、違和感を覚える。自分の手の中にある筈のそれが、ない。バッと相手を見るとナマエの手にそれが収められていた。

「・・・おれの剣が・・・・・・」

「すみません。'盗人'なもので」

「手癖が悪くって」とニヤリと笑ってみせたナマエにハルタの額に青筋が浮かんだ。あの野郎ッ!!バッと距離を詰めた彼にナマエも構える。だが2人の間に人が入り込んだ。その人は2人の腕を掴むと左右へと吹っ飛ばした。咄嗟のことながらも2人は受け身を取る。吹っ飛ばした人物は白ひげへと視線を移した。

「もういいだろぃ?親父」

「グララララッ!そうだなァ。・・・おめェらもとっとと準備するぞ」

白ひげは満足したように頷くとその大きな身体を翻し、船内へと戻っていった。周りはぽかんと状況に追い付けないでいた。4億という数字はやはり伊達ではなかった。自分達の隊長が早くも剣を盗まれ、形勢は悪かった。あのまま続けていればどうなっていたか分からない。ナマエを認めざるを得なかった。
ナマエはハルタの元へと歩み寄ると、未だに甲板に座り込んでいる彼へ剣を差し出した。

「これ、お返しします。またお手合わせお願いしてもいいですか?」

ムスッとしている彼にナマエはニコリと笑いかけた。その顔は胡散臭いものではなくて、どことなく苦い顔だった。周りの空気が変わっているのをナマエは察していた。自分が受け入れられていないことも理解しており、力を示さなければならなかった。
今は大海賊時代。実力のない者は干される世界だ。ナマエの戦闘スタイルは先手必勝。長時間の戦闘はナマエの体力を奪っていく為、いつも覇気でスピードを速め、相手が自分を認識しない内に唯一を奪うことで、形勢を変える。

「ちっ・・・次は勝つからなッ!」

ハルタは悔しそうに剣を受け取ると、素早く立ち上がり、スタスタと歩いていってしまった。自分が完敗だったことにハルタは情けなく思っていた。もっと強くならなければいけない。でなければエースを奪い返すなんて、到底できっこないのだ。
それは周りの船員達にも言えることで、ナマエとハルタの決闘は結果的に白ひげ海賊団のこれからの戦闘を鼓舞するものに変わった。
これで良かったのだろうか。ナマエ自身も先程の海軍との戦闘に加えて、怪我のこともあり、決着は早めにつけたかった。だから最初から全開でスピードを上げ、ハルタの隙を見て剣を奪う。自分はずっとこのスタイルで切り抜けてきた。だが―――なんだかモヤモヤする感覚に拳を握った。昔はこんなこと、思わなかったはずなのに――脳裏には麦わら帽子がチラついた。

「おめェ・・・見かけによらず、血の気多いんだな」

ポンと頭の上に乗った掌にナマエはバッと相手を見た。それは先程戦闘を止めてくれたマルコで、その目には優しさが宿っていた。それに何となく恥ずかしさを感じたナマエは、ふいと目を背ける。

「くっくっ・・・ナマエ、今度おれとも戦おうぜ」

「こいつは怪我人だよぃ。海軍本部までに行くには時間がある・・・それまで安静だ。」

「・・・そうかい、医者の言うことは聞かなきゃね」

イゾウとマルコが言い合っている中、怪我人を海軍との戦闘でこき使ったのは誰だよ、と内心で突っ込むも、2人の優しさに触れたナマエは気持ちを切り替えて、2人に笑いかけた。

「ありがとうございます。お二人とも・・・少しの間、よろしくお願いします。」

その顔は伝染されたかのように優しさに溢れていた。







「へー!おめェ麦わらのところにいたのか!!」

「あいつら色々と騒がしい奴らだよな〜!!」

あの後食堂らしきところへ招かれたナマエは、矢継ぎ早に質問責めへと合っていた。さっきまでの殺伐とした空気はなんだったんだと言いたくなるくらいの緩やかな雰囲気に苦笑いした。だが、それは悪いものではなくて、なんだか擽ったいような、懐かしさを覚えるような、暖かなものだった。
――そうだ、同じなのだ。あの可愛らしい船首を携えた彼等の場所と。いいな・・・チクリと胸が痛んだ気がした。

「ってかナマエ強ェな!」

「ちっこいのにさすが4億!」

「ちっこいは余計ですよ」

決して全員がいい顔はしていないが、意外と馴染めているナマエに、マルコも一安心である。自分が一番最初に見つけた訳で、ましてや彼女は'女性'なのだ。気にかける対象としては充分だった。
ナマエにもご飯が振る舞われ、食堂は宴状態である。これから大変な戦闘が待ち受けているというのに呑気なものだが、仕方がない。各々に抱えている想いは一つであり、それは揺るがないのだから。マルコは大目に見てやることにした。


そして――

「グララララ・・・野郎共ッ!行くぞ、海軍本部へッ!!」

「「「おおっ!!!」」」

モビー・ディック号は海へと沈んだ。