03


挨拶も終わり私は彼が渡してくれた住所の場所へと到着する。扉の前に来ると貰った鍵で扉を開けて中へと入ると中には私の送ったダンボールが既に着ていてここが悟が言っていたところかと再認識させられる。
片付けられた広い部屋からは悟の匂いがする。しかもいかにも高そうなマンションだ。辺りを見渡していると次第に何でこうなったんだろうと私に再び考える時間がやってくる。短い期間だったが五条悟と付き合って自然消滅まで至ったのに。それが今度は成り行きで同じ部屋で住むようになるとは。本当にどういうことなのか。冷静になってくるとやはりこの状況はおかしいだろう。付き合ってもない男女がひとつ屋根の下とは。







「……やっぱり物件探しに行こう」








きっと彼が来るとまた面倒なことになるに違いない。居ない今なら好きに動いても問題無いだろう。そう思い外に出ようとドアに手をかけた時だった。






「どこ行くの?」
「げ、」







いつの間にか背後からは悟の声がして振り向くとそこには今会いたくない人物が居て思わず嫌な声が漏れる。
大方、術式蒼を用いてここまで来たのだろうか。







「酷いなぁ。僕でも傷ついちゃうよ?」





「…こんなので傷つかないでしょ?」
「え〜」







「それより仕事は?」






「今日は早く切り上げてきた。
どうせなまえのことだからすぐに物件探しでもしに出て行っちゃうかと思って」

「……」








「あれ、図星?」







どこかおちゃらけに話す悟に気が抜けてしまう。いやいや、このまま話していたら悟のペースに巻き込まれてしまうと私は手にかけていたドアノブを押して出ようとする。








「…どこ行くの」







手にかけた上に悟の手が上から重なる。悟の声が耳元でするということはもうすぐ後ろに居ることがわかる。先程とは打って変わって真剣な声がしてくる。逃がす気なんてさらさら無いようだ。ただ、ここで反応すれば彼の思うつぼだと平然を装う。









「…外行く。今からでも探しに」






「へえ。それは懸命じゃないね」
「っ、耳元で喋らない、で」
「…相変わらず耳弱いんだ」








分かってるくせに止めない悟の声に耳がやけにぞわぞわする。平然を装うだなんて到底出来る訳もなく睨みつけるように振り向けば悟の顔が近くて一気に顔が強ばる。










「やっとこっち向いた」










目隠しをしていた悟はそれを下ろすと綺麗な瞳が私を捕らえる。久しぶりに見た顔は少し切なそうに見られていて思わずその場に留まってしまう。反応なんてして見せたら案の定悟の思うつぼになり握られた手を掴まれるとすぐに悟の方へ向かされ対面することになる。







「なまえ」





「や、もう離して、」



「だめ。ちゃんと話そう。
それとももう俺の事本当に嫌いになったわけ?」



「っ、嫌いよ」





嘘。そんなの話したくても話すのが怖かっただけ。私は悟への思いが未だに完全に消えた訳では無い。思わず涙が出そうになる。きっと悟には私が涙目になってるのが見えてるのだろう。
一人称が変わるあたり悟もどうやら本気らしい。傑に言われてから僕と頑張っていたが気分が昂ったりすると俺に戻るのは昔からの彼の特徴でもある。握られた腕から熱が篭っているような気がして離してと私も睨みつけるように訴える。









「……その顔、説得力ないんだけど」
「……うっさい」


「…本当に嫌いになったわけ?」
「……」







「……俺は今でもなまえが好きだよ」










その言葉を聞いて私は何も言えなくなる。それなら何で私を避けたの。なんで。ふつふつと込み上げてくる思いに涙が出てくる。







「……酷い」
「それはお前もだろ。卒業式の日だって逃げた癖に」








「…あんな状況が続いてれば逃げたくもなるでしょ」
「まぁ、わからなくはないけど。でも俺のことは考えてくれないの?」

「そっちだって避けるのが当たり前になってたじゃない」
「……それは傑との一件があってから俺もやけになってた。ごめん」








素直に謝る悟に私はどんどん顔が合わせれなくなる。当時の私も同じ理由で彼をずっと避けていたんだから。







「……なんか言えよ」






もう観念するしかないだろうか。これからやっていく上で彼との関わりを持たないのは不可能に近い。それに過去のこととはいえこのままにしておくのもダメだと。酷く辛そうに言う悟の声が切なくて私も少しずつ語りかけるように話そうとする。








「…私も同じ理由で避けてたからなんにも言えない」






「は?なんでなまえもやけになるんだよ…」









「……私もあの日傑と会ったの」
「はぁ?」







「多分悟と会った後かな。会ったくせに止められなかった」
「……」





「追えなかったの私。だから悟にも顔向け出来なかったし弱い自分を許せなかった」
「っ、んなの俺だって」






「だからかなぁ。不思議と悟とも段々疎遠になっちゃって話すのも怖くなっちゃって。逃げるように避けてた」










話すつもりなんかなかったのに悟に絆されてどんどん話してしまう。「ごめんね」と言うと悟の腕が伸びてきて私を抱きしめてくる。










「……ねぇ、離して欲しいんだけど」
「………よかった嫌われてなくて」
「……話聞いてた?」











「??でも嫌いにはなってないだろ」
「私最初嫌いって言ったよね?」









「…ならなんで今抱きしめられてるのに逃げないの」





「…………わかんない。これは嫌じゃないかも」







我ながら酷い言い訳だ。現に嫌ではないのだから。
そう言うと悟の腕の力が強まって苦しくなる。










「っ、苦しいんだけど」
「はぁ〜、可愛すぎ」
「意味わかんな、」






話してる途中悟から唇を塞がれる。突然のことに身を引こうとするが後ろは扉が既にあってこれ以上下がることは出来ない。また1つ、1つと優しく割れ物を扱うようなキスが降り注いでくる。








「やめ、」
「だめ。逃げんなよ」






今自分が何をしてるのかわかってるのかこの男は。息が苦しくなり悟の肩を押すと微動打せずただ羞恥と息がしずらくなる一方だ。
途中顔を背けて止めさせようとするがそんなの無意味で頭を手で押さえられ逃げるなと固定される。優しいキスが今度は噛み付くようにどんどんされてゆく。









「っ、んん」






これ以上は流されてしまうと色々とやばいと思った私は悟の唇を噛んでしまう。案の定口の中には鉄の味が広がる。一方の彼も噛まれたことに驚くとようやく行為をやめてくれる。








「だから、やめてってば…!」






「なに、嫌だった?」







「っ、順序飛ばしすぎでしょ!?」







「むり。なまえが目の前にいるのに我慢出来るわけない」
「我儘か!!!」










嫌だったかと聞かれるとキスですら嫌じゃないと思う自分がいて驚いてしまう。目も合わせもしない私を見ては悟は何やら嬉しそうだが。








「へぇ。まだ諦めなくても良さそうだ」
「は??」







「ねぇ、ここに住みなよ」
「む、無理。ここにいたら何されるかわからない」






「何されるってなんのこと??何考えたのかなぁなまえちゃんは」

「っ、出てく」
「ごめんて」








一瞬にして冷静を取り戻した私はすぐに出ようとするががしっと再びこの男に抱きとめられる。








「もう離して…」





「じゃあ、こうしよう。ここに住んだら俺はなまえに手を出さない。嫌なことして嫌われたくないしね〜。
もし本当にここが嫌になったらその時は出て行ってもいいし。ま、逃がさないけど。

それにここからなら高専から近いし部屋代とかも俺持ちだしなまえにとっても悪いことは ないと思うんだよね」









途中変なことが聞こえたのは気の所為にしておこう。確かに聞けば聞くほど魅力的な話だ。ただこれでは本当に悟に養われてる気がして私の気がおさまらない。








「それだと悟の世話になりっぱなしになるから嫌なんだけど…」
「俺が良いって言ってるからいいの」







「んー……せめて食費とか料理は私がしてもいい?」



「あー、なるほど。それならなまえは料理とか家事洗濯してくれれば助かるよ。してくれるなら食費はこっちが出すし。
なまえの手料理も食べれるし俺としても嬉しいけど」




「でも、」
「はい、この話はお終いー!早く荷物片してゆっくりしよ」





頭をぐしゃぐしゃに撫でると持ってこられたダンボールに向かう悟。何だか言い包まれた気分だが。今月ももう金欠気味な私としても有り難い話だから受け取っておこう。
悟にありがとうと言うとどういたしましてと表情良く返事をしてくれる。この関係がやけに懐かしく感じて少し昔を思い出してしまうくらいに。積まれたダンボールを片すため私と悟は片付けに入った。








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