「銀ちゃんどうしたアルか。お腹痛いアルか」
路地裏でうなだれている銀さんを横に、酢昆布を食べているのは神楽ちゃん。
銀さんはなんでもねェ、と力なく返事をしたが、きっとなまえさんが他の男に誘われてないか心配なんだ。
なんせ彼女が座敷に上がるのは、約2年ぶりらしい。
「つっきー。なんでなまえは今まで店に出なかったネ。あの子もやれば出来る子アル」
「誰目線だよ。
それは僕も気になっていた。
笑った顔が愛らしく、優しくて気立てもいい。にも関わらず、表舞台には出ない理由を僕たちは知らない。
隣で煙管をふかせる月詠さんは、我関せずといった顔。言いたくないのかもしれない。
けど、どうしても気になる僕たちの視線を感じた月詠さんは、大きくため息をついた。
「やっと、言う気になったか」
と銀さんは頭をポリポリかく。でも、月詠さんも渋々と言った様子。
「……なまえも吉原の女だ。遊女になるべく、毎日過ごしていた。今はもう違うがな。
2年ほど前、さくら屋にある男が働いていた。
歳はなまえよりもひと回り上だった。そいつになまえはとても可愛がられていた」
なまえさんの性格だ。今と同じように、多くの人から好かれていたんだろう。
しかし、僕たちはその後恐ろしい真実を知った。
「だが、その男が突然、見習いであるなまえを襲おうとしたんじゃ。
なまえもショックだっただろう。兄のように慕ってた男に、歪んだ愛をぶつけられたのだから。
そいつは追放され、吉原を去った。
だが、そのことが記憶に焼きついたなまえは、その後客をとれなかった」
「怖がった、のか。男を」
銀さんの言葉に息をのんだ。そんな過去を抱えてるようには全然みえなかったし、何しろ僕たちに対して普通に接してくれた。
でも、今もその記憶が鮮明に残ってるとしたら……?
「座敷にあがったが、いざそういう場面になると、記憶が甦ってしまう。
恐怖で客を蹴り飛ばしたこともあった。あのなまえがだ。
それから、さくら屋の女将の計らいにより、裏方として働くことになったんだ」
それを聞いて自分の今までの行動を振り返る。銀さんも同じみたいだ。
「誰か1時間前の俺を殴ってくれ……」
「今でいいなら私が殴るアル」
ドカンと大きな音がして銀さんの頬が腫れ上がる。
僕はまだしも、銀さんはあの性格だから、時折人との距離が無意識に近いことがあった。
もしかしたら、彼女は見えない所で傷ついてたかもしれない。
「あの、僕たちはこのまま接して大丈夫でしょうか。神楽ちゃんはまだしも、僕と銀さんは……」
自信がなくて、しぼむ風船のように語尾が小さくなる。
「なまえはあれから茶屋での仕事も始めた。トラウマを克服する為に。
前ほどではないが、男を前にして身構えることも少なくなった。それに、」
___2人が怖くないのか、ですか?
新八くんは弟みたいだし、
銀時さんは……
そんな風に人を傷つける方ではないと思います。
「って、言っていたからな。お前らを信頼してるんだろう。
だが、今日は違う。前のように、言わば遊女として客と接している。
トラウマが甦ってもおかしくない。だから心配なんじゃ」
苛立ちを抑えるように靴をコツコツと鳴らす。そんな話を聞いたら、ますます1人で座敷に向かったなまえさんが気がかりだ。
「クソッ! 」
銀さんが焦った様子で、苛立っている。小石を蹴り上げても、状況は変わらない。
「なまえ……」
そう呼んだ銀さんの声は、吉原の喧騒にかき消されてしまった。