第31話 過去の話 新八side

なまえさんは大丈夫だろうか。月詠さんの話によれば、なまえさんは何者かに狙われてる可能性があるという。


「銀ちゃんどうしたアルか。お腹痛いアルか」


路地裏でうなだれている銀さんを横に、酢昆布を食べているのは神楽ちゃん。
銀さんはなんでもねェ、と力なく返事をしたが、きっとなまえさんが他の男に誘われてないか心配なんだ。
なんせ彼女が座敷に上がるのは、約2年ぶりらしい。


「つっきー。なんでなまえは今まで店に出なかったネ。あの子もやれば出来る子アル」
「誰目線だよ。神楽おまえは」


それは僕も気になっていた。
笑った顔が愛らしく、優しくて気立てもいい。にも関わらず、表舞台には出ない理由を僕たちは知らない。

隣で煙管をふかせる月詠さんは、我関せずといった顔。言いたくないのかもしれない。
けど、どうしても気になる僕たちの視線を感じた月詠さんは、大きくため息をついた。


「やっと、言う気になったか」


と銀さんは頭をポリポリかく。でも、月詠さんも渋々と言った様子。



「……なまえも吉原の女だ。遊女になるべく、毎日過ごしていた。今はもう違うがな。

2年ほど前、さくら屋にある男が働いていた。
歳はなまえよりもひと回り上だった。そいつになまえはとても可愛がられていた」


なまえさんの性格だ。今と同じように、多くの人から好かれていたんだろう。
しかし、僕たちはその後恐ろしい真実を知った。


「だが、その男が突然、見習いであるなまえを襲おうとしたんじゃ。

なまえもショックだっただろう。兄のように慕ってた男に、歪んだ愛をぶつけられたのだから。
そいつは追放され、吉原を去った。

だが、そのことが記憶に焼きついたなまえは、その後客をとれなかった」



「怖がった、のか。男を」



銀さんの言葉に息をのんだ。そんな過去を抱えてるようには全然みえなかったし、何しろ僕たちに対して普通に接してくれた。
でも、今もその記憶が鮮明に残ってるとしたら……? 




「座敷にあがったが、いざそういう場面になると、記憶が甦ってしまう。
恐怖で客を蹴り飛ばしたこともあった。あのなまえがだ。

それから、さくら屋の女将の計らいにより、裏方として働くことになったんだ」


それを聞いて自分の今までの行動を振り返る。銀さんも同じみたいだ。


「誰か1時間前の俺を殴ってくれ……」
「今でいいなら私が殴るアル」


ドカンと大きな音がして銀さんの頬が腫れ上がる。
僕はまだしも、銀さんはあの性格だから、時折人との距離が無意識に近いことがあった。
もしかしたら、彼女は見えない所で傷ついてたかもしれない。


「あの、僕たちはこのまま接して大丈夫でしょうか。神楽ちゃんはまだしも、僕と銀さんは……」


自信がなくて、しぼむ風船のように語尾が小さくなる。


「なまえはあれから茶屋での仕事も始めた。トラウマを克服する為に。
前ほどではないが、男を前にして身構えることも少なくなった。それに、」





___2人が怖くないのか、ですか?



新八くんは弟みたいだし、



銀時さんは……



そんな風に人を傷つける方ではないと思います。






「って、言っていたからな。お前らを信頼してるんだろう。

だが、今日は違う。前のように、言わば遊女として客と接している。
トラウマが甦ってもおかしくない。だから心配なんじゃ」


苛立ちを抑えるように靴をコツコツと鳴らす。そんな話を聞いたら、ますます1人で座敷に向かったなまえさんが気がかりだ。


「クソッ! 」


銀さんが焦った様子で、苛立っている。小石を蹴り上げても、状況は変わらない。


「なまえ……」


そう呼んだ銀さんの声は、吉原の喧騒にかき消されてしまった。

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