第53話 厄介な予感 沖田side

旦那に連れられて診療所の外に出る。
すっかり夜の街に変貌していた吉原の大通りを、旦那と並んで歩いた。



「なまえちゃんってあの人だったんですねィ。
やっと顔と名前が一致しやした」

「いや、俺写真見せたよね? 」

「旦那ァ、こんなの盗撮してるのと変わらねーですぜ。
なんですかィ、このブレブレの写真。しかも横顔」



旦那に調査依頼をされた時に渡された写真を改めて見返す。今見てもひでェや。


写真がこんなだから、実物はどんなのかと思えば、ある意味予想を裏切る娘だった。



誰もが振り返るような美人でないが、小動物的な要素を感じる。
俺が雨の中、声をかけた人物と分かるなり、顔が青ざめていた。
無視した自覚があるらしい。感情が外に出やすい素直な性格なのだろう。



どこか危うく、壊れそうで。
自分が護らなくては、と無意識に手を伸ばしたくなるような少女。
旦那が必死になるのも分かる気がした。




「横顔が映ってれば十分でしょうが! 」


「こんなのストーカーのやる写し方でさァ。
アンタ、なまえちゃんのストーカーですかィ?
やれやれ、いくら旦那でも庇いきれねェや」



旦那は青筋を立てていたが、無視した。むしろ、こんな写真で調査をしてきた自分に感謝してほしい。



「んで? 」



と旦那が何か言いたげに俺に促す。俺は思い出したように懐から黒い手帳を取り出した。



「とりあえず、あのの大まかな生い立ちでさァ。
父親は医者で母親は吉原の遊女。
2人はかけ落ちしたようですねィ」

「なまえのかーちゃん吉原出身だったの⁈ 」

「そうみたいですぜ」


当時の吉原を抜けるなんざ、相当な覚悟だっただろう。
そこまで彼女の両親は想い合っていたらしい。


要約すれば、なまえちゃん一家は身元がバレないように、転々と村や町に移り住み、行き着いた先が例の村。

なまえちゃんが7歳の時に、あの大きな戦が起こる。
結果、彼女は両親を失い、母親が抜け出したこの吉原に売り飛ばされ、戻ってきてしまったというわけだ。



「その戦の詳しい状況は? 」

「よく分かりやせん。なんせ、一夜にして滅びた村。その戦いから生き延びた人物を探す方が難儀ですぜ。

まぁ、それを可能にしちまうのが俺の良い所でさァ」

「……今、自画自賛した? 」




調査出来たのは、とりあえずここまで。
生き延びたその人物から話を聞けるのは後日。
そこまで話すと旦那はガシガシと頭を掻き、眉間にシワを寄せた。



まぁ、これと言って、有力な情報ではないことは俺も分かっていた。
生い立ちがわかれば、彼女が狙われる理由もなにか掴めると思ったが、空振り。



そうなると吉原に来てから、彼女は恨みを買うような事をしでかしたのかねィ……そうは見えないが



「こうなったら四六時中、なまえちゃんを警護するしかなさそうですねィ」

「あぁ。それは密かに、百華が動いてるみてぇだけどな」



ため息混じりに旦那はつぶやく。もどかしいのだろう。
旦那の態度を見る限り、彼女のことを特別に想ってることは容易に分かった。


彼女の事を思い出すと同時に頭を浮かぶのは、あの悪党の顔。



「旦那、青い瞳をした若い男……なまえちゃんの周りで見たことありやすかい? 」



神社で出会った、アイツを思い出す。貼り付けた笑みと、どっかのチャイナに似た顔立ち。

俺の言葉に一瞬、旦那は目を見開いた。
その様子から、旦那が何かを知っているのが読みとれる。


俺は、歌舞伎町で彼女に会った事。神社での出来事、あの野郎のことを話す。黙っていることでもない。



「神社にいた、そいつらからは、何か聞き出せたのか? 」

「いや、ほとんどは話せる状態じゃありやせんでした。
見つけた時は全員、虫の息でさァ。

あれは話せるようになるまで時間かかりそうですぜ。


まぁ、あの蓬莱は幕府の人間ですが、色々悪事を働いてると有名でね。
別の件でも俺たちはアイツを追ってたんで、捕まえられて、ちょうど良かったですけどねィ」


旦那を納得したように間延びした声をだしてあくびをした。


「どうりで総一郎くんとなまえ、知り合いっぽかったワケね」

「旦那。すれ違いとはいえ、なまえちゃんを見逃したことは謝りやす」



結果、彼女はこちらに戻ってきたが、あん時は無理矢理でも、アイツから引き離すべきだった。
小さな後悔から舌打ちしそうになる気持ちを抑え、旦那に疑問をぶつける。




「……何者でさァ? アイツ。

あの野郎を野放しにすると厄介な気がしますぜ」

「俺にもよくわかんねーよ。ただ、」



歯切れも悪く言葉を止める。そして、確信したように口を開いた。



「アイツも、大事ものを護る為に戦ってるってことは確かだ」



その “大事なもの” というのはおそらく彼女のことだろう。
旦那に好かれ、あのイカれた野郎に好かれ、なまえちゃんも大変だなと他人事のように思う。



「じゃ、サンキュー。沖田くん」



旦那は手を振り去っていく。
感謝なんざ、らしくもない台詞を言うもんだと思った。
いや、そもそも俺に頭を下げてまで調査依頼をするなんざ、旦那らしくもねェ。



旦那が頭下げるのは、自販機の下の小銭を探す時ぐらいしかないと思ってましたからねィ。



闇夜に消える、小さくなる旦那の背中を眺める。



自分の幸せよりも、相手の願いを望むなんざ、旦那、アンタも幸せを掴むのが下手くそだ。
なんで、旦那も土方あの野郎もこうなんだろう。




「大事だから、ってことですかィ」




その腕を伸ばして、掴んで、自分の元へ引き寄せればいいのに、それをしない。
大切だから、彼女の望むようにしたいってことなのか。



「あんな得体の知れない奴に、なまえちゃんを任せるくらいなら、旦那の方がよっぽどマシだと思うけどねィ」



そんな呟きを旦那は知る事もなく、吉原の空に消えて行った。

TOPへ