21. 今日のご予定は



 閉じそうになる瞼を必死に開く。先ほどまで自分が寝ていた布団を持ち上げ、ベランダに出れば、暖かい太陽が顔を出していた。


 洗濯物は部屋の中に干すと決めたが、流石に布団は日光に当てたい。手すりに布団をバサリとかけて、大きめの洗濯バサミで固定すれば完成。夜は気持ちよく寝れそう。


 今日、ひのやはお休みだから、夕方まで久しぶりに部屋の掃除でもしようかな、と心の中で予定を決め、部屋の中に入ろうとしたその時だ。



「っ! 」



 視界に入った、生き物に声も出せない。ついベランダの手すりに助けを乞うように寄りかかるが、逃げ場がない。完全に目が冴えてしまった。




お願いだから、跳んだりしないで…!




 ここ最近雨が多かったせいか、その生き物…カエルが姿をみせる。何も危害を加えられてないが、ごめんなさい、大の苦手です。
窓に張り付いている。どうしよう、そこからしか部屋に入れないのに。
 わずかにヒョコと小さく跳ぶ。たったそれだけの事だけど、動き出したことに驚き、さらに布団に寄りかかれば、ずるりと背後でイヤな音。



「あ! 」



 パチンと洗濯バサミが音を立てる。掴みが甘かったのか、ぶら下げる面積を間違えたのか。
お気に入りの布団が重力に逆らうことなく、ベランダの向こう側へ。


 落ちるモノを掴みたくなるのが人の心理なのか。私もベランダから身を乗り出し、手を伸ばす。が、乗り出しすぎたせいで、自分の体も手すりから半分以上はみ出る。その瞬間ふわりと浮遊感。心臓がギュッとつかまれた感覚に目をつぶれば、




「な、にしてるの」




 耳元で聞き覚えのある声。腰に回された腕は、軽々と私の体を自らへ引き寄せる。
 しかし勢いがつきすぎて、2人で尻もちをついてしまった。



「神威さん……」



 助けてくれた人物の名を呼ぶ。おかげで私は無事に保護された。ふと、いつまでも彼に寄りかかっていることに気づき、急いで立ち上がる。しかし、状況が整理できず1人であたふた。



「す、すみません! あ、いや、おはようございます?
えっと、ありがとうございます……」
「落ち着いてよ。怪我は? 」



もちろんないです。
深々とおじぎすれば、神威さんは立ち上がり、


「ならいい」


と呟き、おもむろに手すりから顔を出した。



「残念。アンタを助けるのに夢中になってたら、布団掴み損ねたよ」



私も同じように視線を向ければ、見覚えのある布団が悲しげに地面に落ちていた。





「こんな小さい生き物の何が怖いの? 」



 人差し指に、先ほどのカエルを乗せ、神威さんは眉をひそめる。その光景に信じられない…と口には出さず目を見開けば、神威さんは意地の悪い顔をして、その指先を私に近づけてきた。



「うわっ!」



 逃げる私の姿がおかしかったのか、神威さんはケラケラと笑う。
 ひどい人だ……
 面白がる彼を恨めしげに見れば、ハイハイと茶番をやめて、カエルを逃がした。



「布団もありがとうございます」



 神威さんは私が玄関に行くよりも早く、ベランダから飛び降り、瞬く間に布団を抱えて戻ってきた。
 本当に私と同じ身体のつくりなのかな……


布団はそれほど汚れていない。少しついた埃と土を払い、今度こそしっかり手すりに固定する。



「仕事は」
「今日は夜だけです」
「そう。じゃあせっかくだから行こうか」
「行くって」



 当たり前に言うものだから、約束してたっけ? と錯覚をする。ふいに神威さんの腕が伸びてきて、私の髪を整えるように撫でる。そう、寝癖がついた…




「‼」
「なまえはそんな姿も男に晒すのかい? 大胆だね」




 なんて失態。寝起きの姿をずっと晒していたなんて。寝癖がついた髪に、パジャマ姿。幼い頃、女の裏側を見せるなと姉様たちに叩き込まれた私が、聞いて呆れてしまう。

神威さんに見られたことが、なぜか余計に恥ずかしい。自分の素の部分を見られた気分。


 そんな私の思いにも気づかず、神威さんは呑気に手すりに腰かけて、足を組んで座ってる。
じっと観察する行為が急かされてるみたいで、動揺してしまうじゃないか。そもそも今日は部屋の掃除する予定だったのに…


 とりあえず、外出用の着物を着て神威さんの前に姿を見せれば、早いはやい〜さすが、と口先だけの褒め言葉を頂いた。



「神威さん。あの、行くってどこへ? 」
「この前約束したろ。団子屋」
「あのお店、今休業してますよ」
「それはどうかな? 」



 数日前に月詠さんから聞いた話を思い出す。従業員が襲われて、休業していると。



「行こうか」



 団子屋が閉まっていた時の為に、頭の中で吉原の他の茶屋、団子屋などを自分の知ってる限りで検索する。
神威さんはそんな私を見て、



「面白い顔」



と一言言い放った。











「開いてる……」



 予想外の結果に目を白黒させてれば、神威さんに早くと急かされた。
 銀時さんたちと来た時とは違い、外の大通りに面してる席ではなく、端っこの席に座る。日を避けるための傘型の屋根がついており、神威さんは自分が差してた傘を閉じた。


 神威さんの一連の動作をみて、思いつく。
夜しか会ってなかったから気づかなかったんだ。この傘は敵を倒す為だけじゃない。昼間に顔を出す太陽から身を守る為。



傘と色白の肌。
人間離れした身体能力。
当てはまるのは一つしかない。



 遠い昔。一度だけ言葉を交わした、この巨大な空間を生み出した鳳仙様も、神威さんと同じく夜兎民族だったことを思い出す。



 でも本人は私に夜兎族であることを言わない。だから私も素性を聞いていいのか迷ってしまう。単に言わないというよりは、あえて知られないようにしてる気がした。
 そんなことを考えていれば、神威さんが店員さんにメニューを返却していた。



「お姉さん、店のメニュー全部」
「ぜ、全部ですか? かしこまりました」
「じゃあ、私もそれで……え?! 」



 一般人の注文の量とはかけ離れてた為、店員さんも私と神威さんを交互に見やる。
 確かにメニューは団子だけじゃない。選ぶのにも迷ってしまうくらいの豊富さだ。しかし今はそのメニューの多さが、財布を泣かす敵となった。


 私は急いで訂正をして、団子の盛り合わせを頼む。神威さんには睨まれたが、お財布と相談した結果である。
 今さらになってさくら屋に来た彼の大食いっぷりを思い出した。



「……」
「……」


 
 沈黙が気まずい。神威さんはどうだろうかとチラリと視線を送れば、観察するように私をまっすぐ見つめていた。時々、フッと笑うので、きっとつまらない訳ではないと思う。多分……
 

 けど、すぐに運ばれてきた団子に、彼の視線は奪われ、一瞬で神威さんの胃袋に吸い込まれたのは言うまでもない。




「いや〜でも良かったね。事件の犯人捕まって」
「ええ。路地裏に足を怪我して倒れてた所を通報されたらしいよ」




 クルリとあたりを見渡せば、斜め向かいの席で年配の店員さんとお客さんがお喋りをしてるのが目に止まる。団子を食べるのに夢中なふりをしながら、耳だけは全力でその話に傾ける。



あの事件の犯人捕まったから、お店再開してたんだ…



 みんなで写真を見た日を思い出す。違和感の正体が分かったのは銀時さんたちが帰った後。きっと誰も気がつかなかったこと。


 団子屋の店員さんは髪の長さや、エプロンの姿などが、ひのやにいる私の仕事姿によく似ていた。
 スーパーの店員さんは写真の中で簪をさしていた。よく見るとそれは、新八くんが褒めてくれたあの簪。色は違えど、デザインは同じ。
 その他の2人も、私が持っている着物やカバンと同じものを身につけていた。



これは偶然……?



 でも神威さんの言う通り、仮に私を狙う犯人がこの事件を起こしたというならば、全く無関係の4人に怪我をさせてしまった。私のせいで。
おそらく私に似ていたから。犯人は勘違いしたのだと思う。




「ねぇ、なに考え込んでるの? 」




 口元にむにゅっと柔らかいものがあたる。食事に夢中なフリをしてたのは、バレてたみたいで、神威さんは不満げに三色団子を私の唇に押しつけてきた。



「神威さんこれ最後の1本なので、どうぞ」
「正確には、" なまえの頼んだ盛り合わせの最後の一本 " ね。アンタって自分の食べる分も人にあげそうだよね」



 グイグイ押しつけてくる。食べろって事なのかな…
 観念して小さく口を開けば、彼は満足げな顔をして竹串を自分の手から離した。



「でも、これはまだ序の口だ。次行くよ、なまえ」



 ついお茶を吹き出しそうになる。この人の胃袋はどうなってるんだろう。
 神威さんはおもむろに立ち上がり、お会計をサラリと済ませてしまった。慌てて追いかけて、自分の分を支払おうとするが、いらないと断られてしまう。



「神威さん、お願いだから受け取ってください」
「じゃあ次の店で、俺よりたくさんご飯を食べられたら受け取ってあげるよ」
「無理に決まってますよ! 」



なら、大人しくしろと笑顔で圧をかけられ渋々財布をしまう。遠くなる背中を見つめていれば、傘をさした神威さんが振り返った。



「なにしてんの。置いてくよ」



 そう言いながら、私が追いつくまで歩き出さない神威さんを優しい人だと思った。



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