28. 過去の話 新八side



 なまえさんは大丈夫だろうか。月詠さんの話によれば、なまえさんは何者かに狙われてる可能性があるという。



「銀ちゃんどうしたアルか。お腹痛いアルか」



 路地裏でうなだれている銀さんを横に、酢昆布を食べているのは神楽ちゃん。
 銀さんはなんでもねェ、と力なく返事をしたが、きっとなまえさんが先ほどのように、男にちょっかいをかけられていないか、心配なんだ。
 なんせ彼女が座敷に上がるのは、約2年ぶりらしい。



「つっきー。なんでなまえは今まで店に出なかったネ。あの子もやれば出来る子アル」
「誰目線だよ。神楽おまえは」



 それは僕も気になっていた。笑った顔が愛らしく、優しくて気立てもいい。にも関わらず、表舞台には出ない理由を僕たちは知らない。


 隣で煙管をふかせる月詠さんは、我関せずといった顔。言いたくないのかもしれない。
けど、どうしても気になる僕たちの視線を感じた月詠さんは、大きくため息をついた。



「やっと、言う気になったか」



と銀さんは頭をポリポリかく。月詠さんは渋々と言った様子で静かに、語り始めた。



「……なまえも吉原の女だ。遊女になるべく、毎日過ごしていた。今はもう違うがな。

2年ほど前、さくら屋にある男が働いていた。
歳はなまえよりもひと回り上だった。そいつになまえはとても可愛がられていた」



 なまえさんの性格だ。今と同じように、多くの人から好かれていたんだろう。しかし、僕たちはその後恐ろしい真実を知った。



「だが、その男が突然、見習いであるなまえを襲おうとしたんじゃ。

なまえもショックだっただろう。兄のように慕ってた男に、歪んだ愛をぶつけられたのだから。
そいつは追放され、吉原を去った。

だが、そのことが記憶に焼きついたなまえは、その後客をとれなかった」


「怖がった、のか。男を」




 銀さんの言葉に息をのんだ。そんな過去を抱えてるようには全然みえなかったし、何しろ僕たちに対して普通に接してくれた。
 でも、今もその記憶が鮮明に残ってるとしたら……? 




「座敷にあがったが、いざそういう場面になると、記憶が甦ってしまう。
恐怖で客を蹴り飛ばしたこともあった。あのなまえがだ。

それから、さくら屋の女将の計らいにより、裏方として働くことになったんだ」



それを聞いて自分の今までの行動を振り返る。銀さんも同じみたいだ。



「誰か1時間前の俺を殴ってくれ……」
「今でいいなら私が殴るアル」



 ドカンと大きな音がして銀さんの頬が腫れ上がる。僕はまだしも、銀さんはあの性格だから、時折人との距離が無意識に近いことがあった。
 もしかしたら、彼女は見えない所で傷ついてたかもしれない。



「あの、僕たちはこのまま接して大丈夫でしょうか。神楽ちゃんはまだしも、僕と銀さんは……」



 自信がなくて、しぼむ風船のように語尾が小さくなる。



「なまえはあれから茶屋での仕事も始めた。トラウマを克服する為に。
前ほどではないが、男を前にして身構えることも少なくなった。それに、」





___2人が怖くないのか、ですか?



新八くんは弟みたいだし、



銀時さんは……



そんな風に人を傷つける方ではないと思います。






「って、言っていたからな。お前らを信頼してるんだろう。

だが、今日は違う。前のように、言わば遊女として客と接している。
トラウマが甦ってもおかしくない。だから心配なんじゃ」


 苛立ちを表すように靴をコツコツと鳴らす。そんな話を聞いたら、ますます1人で座敷に向かったなまえさんが気がかりだった。



「クソッ! 」



 銀さんが小石を蹴り上げても、状況は変わらない。



「なまえ……」



 そう呟いた銀さんの声は、吉原の喧騒にかき消されてしまった。



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