31. 苦しげな瞳



 涙を早く止めなきゃと思うのに、なかなか引っ込まない。
 神威さんは座り込んだまま、私をじっと見てるだけ。でもそれは、泣き止めと急かす視線ではない。


 神威さんが来てくれなかったら、と想像しただけで、おぞましい。



「もう大丈夫です……」



 いつまでもこうしてる訳にもいかない。震える足を無理やり立たせれば、神威さんは深くため息をついた。



「震えてるくせに、強がるなよ」



 ゆっくりとした動作で、まるで壊れ物を扱うかのように神威さんの手が、優しく肩に触れる。乱れた着物を、首元が隠れるように直してくれた。


 お礼を言いかけて、廊下からの足音に気づいた。これだけ破壊すれば誰かがやってくるのは当然で、聞き覚えのある声に耳を傾ける。神威さんも同じみたいだった。



「……さすがにあの神楽バカでも気づくか」



 ぼそりと呟き、表情をかすかに歪めて、私から離れた。急に離れた温もりに戸惑う。



「ホントは今すぐここから連れ去りたいけど」



 今は神楽アイツの方がマシか、と独り言なのか、私にかけている言葉なのか分からず、応えられない。
 でも、神威さんが目の前からいなくなろうとしてるのは、分かった。
 どこにもいかないで、と言えたらいいのに、向けられた瞳がどこか苦しげにみえて、なにも言えなくなる。




「頼むから、次は俺のこと止めないでよ」




 拒絶するような台詞。
 私が口を開きかけ、言葉を選んでいるうちに、神威さんは夜の闇に消えてしまった。


 そんな風に言われて悲しいはずなのに、あなたが傷ついた顔をするのはどうして?
 最後の言葉も、苦しげな表情の意味も分からなかった。












「なまえ! 」
「大丈夫か! 銀時と新八は来るな! 」


 静寂に包まれる崩壊した部屋に、勢いよく誰かが飛び込んでくる。すごい剣幕の神楽ちゃんと月詠さんだった。私の無事を確かめるように、肩を揺さぶられる。



「なまえ、ケガないアルか?! 」
「一体なにがあった! 」



 あの時と同じ月詠さんの顔。私の首元を見たかと思えば、隠しきれないアザに気づき、目を見開く。



「まさか、また」
「すみません、私が油断したから……」



 静かに呟く私に月詠さんは拳を強く握る。ふらりと立ち上がったと思えば、未だにのびている男に向かってクナイを投げつけようとした。




「でも、あの何もされてないです! だから、」
「けど! 」
「本当に大丈夫ですから、」




 そう私が必死に訴えれば、納得のいかない表情をしながらも腕を静かに下ろした。




「なんでこの部屋、こんなに荒れてるアルか? 」




 神楽ちゃんが不思議そうに部屋中を見渡す。彼がさっきまでココにいたという証拠の荒れ果て具合。
 何と説明をしていいか分からず、口籠もっていれば、銀時さんに襖の向こうから声をかけられた。




「おい、まずはなまえだろ。怪我してたら手当てしねェと」




 私のことを思って、新八くんも銀時さんも姿を見せないようにしてくれる。




「銀時さん、新八くん。あの、入ってもらって大丈夫です」
「……大丈夫なのか? 」



 月詠さんの言葉に小さく頷く。大丈夫。2人は優しい人たちだと知っているから。
 それに、今こうして落ち着いていられるのは、神威さんのおかげなのだろう。
 彼に触れられた場所が熱を帯びる。優しい手だった。この人がいるから、もう大丈夫だと思えた。



「なまえ、怪我は? 」



 恐る恐る部屋に入る銀時さんに言われ、首を横に振る。かすり傷はあるものの、特に大きな怪我はない。




「すぐ来てやれなくて、ごめんな」




 唇を噛み締める銀時さんが、木刀を強く握るのがわかる。あなたが気にすることではないのに。
 私から視線を逸らすと、のびている男を見ながら銀時さんが呼びかけた。



「神楽、新八。なまえを頼む」
「はい」
「なまえ、肩貸すアルよ」



 ありがとう、と神楽ちゃんにお礼を言って崩壊した部屋を後にする。ふと、畳をみれば、血がついてるのが目に止まった。




___神威さん




新八くんに不思議そうに見つめられ、無意識に紡いだ言葉に、慌てて首を横に振った。



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