
31. 苦しげな瞳
涙を早く止めなきゃと思うのに、なかなか引っ込まない。
神威さんは座り込んだまま、私をじっと見てるだけ。でもそれは、泣き止めと急かす視線ではない。
神威さんが来てくれなかったら、と想像しただけで、おぞましい。
「もう大丈夫です……」
いつまでもこうしてる訳にもいかない。震える足を無理やり立たせれば、神威さんは深くため息をついた。
「震えてるくせに、強がるなよ」
ゆっくりとした動作で、まるで壊れ物を扱うかのように神威さんの手が、優しく肩に触れる。乱れた着物を、首元が隠れるように直してくれた。
お礼を言いかけて、廊下からの足音に気づいた。これだけ破壊すれば誰かがやってくるのは当然で、聞き覚えのある声に耳を傾ける。神威さんも同じみたいだった。
「……さすがにあの
ぼそりと呟き、表情をかすかに歪めて、私から離れた。急に離れた温もりに戸惑う。
「ホントは今すぐここから連れ去りたいけど」
今は
でも、神威さんが目の前からいなくなろうとしてるのは、分かった。
どこにもいかないで、と言えたらいいのに、向けられた瞳がどこか苦しげにみえて、なにも言えなくなる。
「頼むから、次は俺のこと止めないでよ」
拒絶するような台詞。
私が口を開きかけ、言葉を選んでいるうちに、神威さんは夜の闇に消えてしまった。
そんな風に言われて悲しいはずなのに、あなたが傷ついた顔をするのはどうして?
最後の言葉も、苦しげな表情の意味も分からなかった。
♢
「なまえ! 」
「大丈夫か! 銀時と新八は来るな! 」
静寂に包まれる崩壊した部屋に、勢いよく誰かが飛び込んでくる。すごい剣幕の神楽ちゃんと月詠さんだった。私の無事を確かめるように、肩を揺さぶられる。
「なまえ、ケガないアルか?! 」
「一体なにがあった! 」
あの時と同じ月詠さんの顔。私の首元を見たかと思えば、隠しきれないアザに気づき、目を見開く。
「まさか、また」
「すみません、私が油断したから……」
静かに呟く私に月詠さんは拳を強く握る。ふらりと立ち上がったと思えば、未だにのびている男に向かってクナイを投げつけようとした。
「でも、あの何もされてないです! だから、」
「けど! 」
「本当に大丈夫ですから、」
そう私が必死に訴えれば、納得のいかない表情をしながらも腕を静かに下ろした。
「なんでこの部屋、こんなに荒れてるアルか? 」
神楽ちゃんが不思議そうに部屋中を見渡す。彼がさっきまでココにいたという証拠の荒れ果て具合。
何と説明をしていいか分からず、口籠もっていれば、銀時さんに襖の向こうから声をかけられた。
「おい、まずはなまえだろ。怪我してたら手当てしねェと」
私のことを思って、新八くんも銀時さんも姿を見せないようにしてくれる。
「銀時さん、新八くん。あの、入ってもらって大丈夫です」
「……大丈夫なのか? 」
月詠さんの言葉に小さく頷く。大丈夫。2人は優しい人たちだと知っているから。
それに、今こうして落ち着いていられるのは、神威さんのおかげなのだろう。
彼に触れられた場所が熱を帯びる。優しい手だった。この人がいるから、もう大丈夫だと思えた。
「なまえ、怪我は? 」
恐る恐る部屋に入る銀時さんに言われ、首を横に振る。かすり傷はあるものの、特に大きな怪我はない。
「すぐ来てやれなくて、ごめんな」
唇を噛み締める銀時さんが、木刀を強く握るのがわかる。あなたが気にすることではないのに。
私から視線を逸らすと、のびている男を見ながら銀時さんが呼びかけた。
「神楽、新八。なまえを頼む」
「はい」
「なまえ、肩貸すアルよ」
ありがとう、と神楽ちゃんにお礼を言って崩壊した部屋を後にする。ふと、畳をみれば、血がついてるのが目に止まった。
___神威さん
新八くんに不思議そうに見つめられ、無意識に紡いだ言葉に、慌てて首を横に振った。