39. 亜麻色の少年



「みてみて、おかあさん。うみ! 」

「ふふっ、これはね水たまりって言うのよ。さぁ転ばないように手繋ごうね」




 見知らぬ親子の何気ない光景。
 雨の憂鬱すら感じさせない、幸せそうなやりとりから逃げるように私は視線を逸らした。なんて、今の自分と真逆なんだろう



 強くなる雨の中、傘もささない私の体はずぶ濡れになっていく。でも、そんなことどうでもよかった。
 道ゆく人は雨宿りをしたり、この雨から逃れる様に早足になる。時折、こんな姿の私をみて不審がるように眺める人もいた。



 そんな視線も今は気にもならない。むしろ、罰のように体を濡らす雨が心地よかった。何もかも洗い流してくれそうだったから。




「ちょっと、そこのアンタ」




 不意に呼び止められて、止まっていた思考が動き出す。
 私の横にゆっくりと車が停まり、窓を少し開けて、誰かが覗き込んできた。




「私、ですか? 」
「俺の目の前にアンタ以外誰がいるんでィ」




 男の人で顔はまだ幼い。髪の毛はサラサラとした、亜麻色。整った顔を近づけられて、つい後ずさりをしてしまった。




「女がこんな時間にこの辺、うろつくもんじゃねェですぜ。しかも、ずぶ濡れ。
アンタ、傘も持ってないんですかィ? 」





こんな時間……
あぁ、もうすぐ夜なんだ。
私はさくら屋にいるはずだった。



でも、あそこに私のいる意味はあるの?
いても迷惑をかけるだけじゃないの?




 そんな考えに支配されて、気づいたら吉原を後にしていた。




「アンタ……歌舞伎町の人間ですかィ? 」



 疑うような鋭い疑問をぶつけてくる彼に戸惑った。よく見ればこの車赤い提灯がついてる。
この人の着てる黒服もなんとなく見覚え…というより聞き覚えがある。
 銀時さんたちの会話によく出てくる人たちだ。この人の無意識に尋問するような雰囲気に、なぜだか言葉が詰まる。




「えっと、あの……家近くなので。もう帰ります」




 吐き出した嘘から逃げるように、その場から立ち去る。遠くでさっきの人が大声で何か言ってたけど聞こえないフリをした。









___…









「沖田隊長、今の女性は大丈夫ですかね? これから大雨になるっていうのに」


「山崎、今の女を追いかけろ」


「でも、今から万事屋の旦那に頼まれた、あの事件の聞き込みに…



「チッ、そーだった。

……面倒だが、あの旦那が頭下げてんだ。こっちもそれなりの仕事しねェとな」






___…






 青年から逃げるように走った私は、当てもなく歌舞伎町を彷徨った。
 辿り着いた先は古びた神社。見上げれば大きな鳥居。




「父さん、母さん……」




 そう、あれは夏祭りの日。こんな大きな鳥居の下から3人で大きな花火を見た。
 父さんが肩車をしてくれて、母さんは隣にいて。楽しかった日々。





「父さん、母さん、私を連れてって下さい……」






 歩き疲れた私はその場にへたり込んだ。自分がどうすればいいのか分からない。
 



誰を頼ればいいの? …私は誰かに頼っていいの?
その資格はあるの?
もう誰にも知られず、姿を消したい。









「何してんの……風邪ひくよ」

「か、むいさん」









 どうして、あなたはいつも、壊れそうな時、私のそばに来てくれるんですか?





 後ろを振り向けば、少しだけ眉毛を下げて、困ったような顔をしてる神威さんの姿。



「ひどい顔」



 大粒の雨から私の体を遮ったのは、神威さんが普段からさしている傘。
 傘を傾けてくれた神威さんはずぶ濡れ。へたり込んだ私の体を、いとも簡単に引き上げる。




「っ、」
「あ、ぶないな」




 うまく立ち上がれず、よろめいた私を神威さんは支えてくれる。引き寄せられた腕の中で、すぐに離れようとした神威さんの服をつい強く掴んでしまった。
 何かを察したのか神威さんは微動だにしない。



 私が誰かを頼る資格なんてない。そう思いながら、誰かに縋りたかった。矛盾している。私は何がしたいのだろう。





「神威さん……私、どうすればいいんですか?」






 私が狙われる理由は分からない。でも、私のせいでみんなに迷惑がかかっていることは分かる。



どうすればこれ以上誰も傷つけない?
誰も悲しまない?
もう、大切な人が傷ついてるのを見たくないのに。







「苦しいんです。自分のせいでみんなが傷つく。




私が吉原から……

みんなの前からいなくなれば、

この悪夢は終わりますか……? 」









バシャっと何かが弾ける音がした。









「か、神威さん……」








 傘を落としたのだと分かったのは、神威さんが覆い被さるように、私を抱き締めたからだ。
 雨から庇うように、神威さんは私を自身の体に収める。良く知る香りがすぐ横で私の鼻をくすぐる。
 どうして、こんなに優しく抱きしめてくれるのだろう。





「あの」
「じゃあ、俺と来る? 」





 言ってる意味が飲み込めず、ただ呆然と彼の言葉に耳を傾ける。




 雨音だけが聞こえてきて、まるで世界に私たちだけみたいだ。



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