40. 雨が伝う頬



 神威さんがゆっくりと腕を解く。見上げれば鮮やかな青と視線がかち合う。朱色の前髪から滴り落ちる雨が頬を伝って、まるで神威さんが泣いてるみたい。









泣いてる?





そう、前にもあった





こんな雨の日に





見上げるとその子は泣いてて、





泣いてる理由は私には分からなかった。






「どうして、泣いてるんですか」






 無意識に呟いた言葉に、神威さんは面を喰らったような表情になる。




「泣いてないよ。……もうあの時の俺とは違う」




 そう呟く神威さんの顔はどこか寂しげで、触れてはいけない胸の傷のように思えた。









___……









「その娘を渡してもらえますかな? 」







 誰かの声がして、私が反応するより前に神威さんの背中に私は覆い隠される。
 見覚えのある三つ編みが懐かしくて、思わず背中をぎゅっと握りしめた。神威さんは左手で私の体が出ないように押さえ、右手で傘を手に取る。
 濃い霧の中、複数の人物を引き連れて現れたのは、私も見覚えのある人。




「あなたは」




 初めて神威さんとさくら屋で会った時、彼と食事をしてた人だ。姉様たちが上客と言ってた、たしか幕府の人。



「これはこれは神威殿。貴殿のような方が歌舞伎町におられるとは」

蓬莱ほうらいの旦那こそ、コイツに何のようですか?
そんなガラの悪い部下を連れて。

まるでコイツを連れ去ろうとしてるみたいだ」





 ビリビリと荒々しく、緊張した空気が流れた。連れ去る、そんな恐ろしい単語に震え上がる。この人はどうして私を?




「神威殿には関係のないこと。さぁ、その娘をこちらへ」
「やだね」




 神威さんが私の腕を引く。同時に耳を刺すような銃声が聞こえた。




「あまり、手荒な真似はしないようにと言われたが、致し方ない。

娘を捕らえよ。あの小僧は……生きて返すな」





 その瞬間、霧の中から現れる無数の人間。私たちに向かって攻めかかってくる。
 逃げられない。私は武器もない。剣術も格闘技の経験もない。



「チッ」



 神威さんが襲いかかる人々を傘で一瞬にして払いのけた。銃声が鳴り響き、水溜まりは一瞬にして血溜まりになる。




「ヴヴッアア」




 濃くなる霧の中。急に誰かに腕を掴まれ、私の手が神威さんから離れた。神威さんが驚いたように振り返る。




「なまえ! 」




 私が手を伸ばしても、あなたには届かない。



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