
41. もう一人のあなた
神威さんがすぐさま銃口を額に向ける。発砲すると同時に腕を引き離して、私を抱き寄せた。視界の端で倒れたその人は、ピクリとも動かない。
あのうめき声。似ていた。祭りの日にそよ姫様を連れ去ったあの犯人に。理性を失ったような、まるで飢えた獣。
「この人……」
恐る恐る伏せていた顔を上げれば、私を襲おうとした人は、いつの日かひのやに来たお客さんだ。確か情報屋と言っていた気がする。
銀時さんに咎められてから、一切顔を出さなくなったこの人がどうしてここに?
「なまえ、行くよ」
神威さんを見れば、わずかに息を切らして瞳は虚ろ。顔から流れる血はきっと彼のじゃない。煩わしそうに血を拭えば、手に巻かれた包帯が赤く染まった。
これが戦場の神威さん。きっともう一人の本当の彼。
なのに、私の腕を掴むのはこんなにも優しくて、戸惑う。
「ははっ。そんなにその娘が大事ですかな」
「アンタこそ、部下が俺ひとりに殺られてるのに悠長に見物?
随分と大事にされた部下だね」
「ふん。こいつらなど、ただの道具に過ぎん」
蓬莱と呼ばれた人は、倒れている部下たちの間を一瞥することなく近づいてくる。同時に神威さんが私を背中に隠す。
「それ以上近づけばアンタも撃つ。
いいの? 守ってくれる部下はもういないよ」
「強気だな。その娘が貴様から離れては意味もあるまい。
おい、娘よ。そなたはあの一夜にして滅びた北の村出身のようだな」
口角を引き歪め、意味ありげに笑みを浮かべている。静かに私は頷いた。
一体何を言い出すの…?
「そなたの村を滅ぼしたのは、春雨の雷槍と呼ばれる第七師団。
神威殿は現在、そこの師団長。
娘よ、お前は親の仇である男に守られているのだぞ」
「えっ……」
"第七師団"
その言葉だけは幼い時から耳に残っている。
滅ぼす?
誰が、何を
神威さんが、仇?
言葉を、飲み込めない。頭がグラグラする。かろうじて反発するように声を出した。
「そんなはずないです……だって村が滅びたのはもう10年も前です!
神威さんはその時子ども、」
「生まれた時から戦闘民族の奴らに年齢など関係あると思うのか? 戦うことしか出来ぬ奴らに。
神威殿が第七師団に入ったのは、わずか八つの頃だったかな。
その戦にもいただろう。なぁ? 神威殿」
「たった8歳で……」
前を向いたままの、神威さんの表情は分からない。自分の手がいつの間にか震えていた。
彼の背中に、しぶいた誰かの血。縋るように掴んでいた背中から、雨によって自分の手にも流れてくる赤。
「っ! 」
赤く染まる指先に驚いて手を離した。ゆっくりと伺うように振り返る神威さんと視線が混じる。
「神威さん……本当ですか?」
彼にしか聞こえないくらいの声しか今は出せない。その言葉を紡ぐのに精一杯だった。
違うと言って欲しい。
嘘だと言って。認めないで欲しい。
「……そうだよ」
いつだって、真実は残酷で。
第七師団に滅ぼされた。幼い時から、呪文のように聞かされ、いつしかそれは記憶の蓋を開ける鍵となった。
夜兎族から構成されることも知っていた。でも、全員の夜兎がそうでない事も分かっていた。
神楽ちゃんだって夜兎族だけど、私は友達で。
彼女はむやみに人を傷つけたりしない人だと知っている。だから、神威さんも夜兎だけど違うと信じていた。
でも、目の前いる彼は。
第七師団の夜兎。
阿伏兎さんが言っていた、団長ってこの部隊のことだったの?
「だから、夜兎であることを隠してたんですか……? 」
一瞬だけ神威さんが目を見開く。私が知っていた事が意外だったよう。しかし、すぐに罰の悪そうに視線を逸らした。
無言の肯定が苦しい。
私は両親の仇である人に今まで助けられてたの?
守られてたの?
心を許してしまったの?
頬に何かが伝う。雨じゃない、これは涙。
一度溢れれば止めることも出来ない。
どうしよう
どうしよう
夢なら、誰か早く覚まして。
「なまえ、」
神威さんが指先を伸ばす。真っ赤に染まった手。
「俺の手が怖い? 」
さくら屋の時と同じ言葉を投げかけられた。
いたって優しく、それでいて諦めたように。
以前なら迷いなんてなかった。あなたの手を掴むことに戸惑いも不安もなかった。
でも、今は。
私の故郷を襲って、奪った集団のひとり。
そのせいで私は両親を失った。
どうすればいいのか感情が追いつかない。
わからない。
本当に神威さんも私の村を襲ったの?
知っていて、私を助け続けたのはどうして?
わからない、
わからないから
どうか、今は……
「私に、触らないで……」