43. 許さないで



 激しい破壊音と共に、阿伏兎が女を吹き飛ばす。立ちすくんでいれば、息を切らした阿伏兎にすぐさま抱えられ、俺たちは診療所を後にした。





「おい、あの医者は! 」

「……あの血の量はもう、助けることは出来ねぇよ」





 唇を噛みしめて阿伏兎が呟く。村の異変に気づいたのはその時だった。





「何だよこれ」





降りしきる雨。霧に包まれる村。
これがさっきまで見ていた場所か?
こんなの、俺たちが普段いる血まみれの戦場じゃないか。









「きゃぁぁぁ! 」
「やめろぉぉ! 」
「ヴゥアアア」









村人が村人を襲っている。
理性を失ったように。さっきの女と同じだ。おそらく数名、薬を打たれたんだ。




「とにかく、部隊に連絡だ。
暴走を始めちまったこの村を止めねェと」




 遠ざかる診療所を振り返る。俺はその光景に息を呑み、驚きで叫んだ。




「阿伏兎! 離せ! 」

「あ? 何言ってんだよ! 敵を前にして動けなかった小僧がよ」

「いいから、離せ! 」




 診療所へ向かう人物がいた。さっき見かけた親子だ。少女は周りを見て何かを察したのか、さっきの笑顔とは打って変わり、不安げな表情。今行けば危ない。さっきの女がいる。




 無理やり、阿伏兎の腕を抜けて、走ってきた道を戻る。雨で足元がもたつく。阿伏兎が何か言っているが、そんなの無視して走り続けた。
なぜ、こんな必死になっているのか、自分でも分からない。





「おい! ダメだ! そこは、」


「母さん! 母さん! 」

  



 一歩遅かった。そして息を呑む。もうそこは、血の海だった。


 倒れているのは、さっきの母親。その近くで、震えながら叫ぶのは、さっきの少女。
医者はふらふらに立ったまま、刀を女へ向けていた。
 そんなので勝てる訳がない。





「逃げなさい、なまえ!」

「と、父さん……」





 なまえと呼ばれた少女は訳の分からない顔をして医者……いや、自身の父親をみる。




「お願い」




 倒れた母親が手を伸ばす。それは俺に向けられた。その瞳は、瀕死の状態なのに、強い光を灯していた。








「この子を連れて、お願い……」







 それは俺と同じだった。生きてほしいと叫んでいる。目の前の少女に。
 俺が生きてほしいと願った母親の姿と、少女が重なる。



 その瞬間、俺は少女の手を掴んで走り出した。背後では離してと少女が叫ぶ。強く握りしめてないと今にもあの場に戻ってしまいそう。
体には容赦なく雨が降り注ぐ。それなのに、その少女の温かな手に、なぜか置いてきた妹の手を思い出す。




「父さん! 母さん! 」




 無我夢中で、その場を走り去る。でもどうしても気になって振り返ってしまった。





父親が倒れた瞬間だった。





 つい少女を引き寄せて、見せないように瞳を覆う。涙が溢れんばかりにこぼれ落ちる。俺の肩を濡らして。





「父さん、母さん……っ」





 泣いてる少女に俺は何もすることができない。
 目の前で家族を失わせた。もっと早くに俺が戻っていれば。



 違う。もっと前にあの時、女が覚醒した時に俺が動けていたら。致命傷を与えていたら、助けられたかもしれない。






「俺が、もっと……」






 強くなったと思っていた自分自身に失望した。無力さを思い知らされた。そして、同時に気づいた。なぜ、自分はこんなに必死になっているのかを。



 自分の腕の中で、泣き喚く少女。俺はこの子を護りたいんだと。



 驚いた。俺の中にまだ、何かを、誰かを護りたいと思う気持ちがあったことに。
 そんなもの、家族のもとあそこへ置いてきたと思っていたのに。




……でも、それも今日で終わりにする。




 少女がふいに顔を上げた。視線が交わると、泣くことを一瞬忘れたように、少しだけ瞳が丸くなる。
 次に不安げな、心配するような表情を浮かべた。その顔は、明らかに俺に向けられたものだった。





「け、けがしてるの? どこかいたいの? 」






どうして、そんなことを?








「な、ないていいからね」








 少女から発せられた言葉が、ひどく耳に残る。
 そこで初めて、自分の瞳に涙が溜まっているのに気づいた。視界が歪む。泣いてるのか、俺が。


 目の前で両親を失い、自分の方が辛いはずなのに、少女は手を伸ばして俺の頭を撫でた。大丈夫と言い聞かせるように。


 暖かな少女の手のひらが、どうしようもなく苦しい。優しくなんてしないでほしい。いっそ罵られた方がマシだった。



 この先、この子にはどんな運命が待っているのだろう。
 家族といた幸せな日々はもうやってこない。そうさせたのは、俺だ。もっと力があったら、俺が強ければ。








だから、せめて









「ごめん……」








こんな、弱い俺を











「お願いだから」









永遠に”許さないで”欲しい。



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