
46. 紡いだ言葉
静かに瞳を開いた。見覚えのある天井。鼻をつく消毒液の匂い。私の体を包むふわふわの布団。重い体を起こして、意識を鮮明にする。
「わたし……」
「おー。やっと起きたか」
私のベットのそばでイスに座り、天井を見上げて寝ていたであろう銀時さんが、間延びした声を出す。眠そうな瞳はいつものこと。
「銀時さん……」
「起きねェかと思った。体は大丈夫か? 」
優しく銀時さんが微笑む。痛いところは特にない。聞けば私は、丸一日眠っていたようだ。
銀時さんが私の顔を覗き込むように乗り出してくる。かと思えば気が抜けたように、大きなため息をついた。
「どこにいたんだよ。心配したぞ」
「すみません……」
口をついた言葉に、銀時さんは怒った素振りで私の額にデコピンをした。でも全然痛くない。
「か、歌舞伎町に」
「は?! そんな近くにいたのかよ…」
赤い瞳をぱちぱちさせて、彼は頭を抱えた。その態度に、色んな場所を探し回ってくれたことが感じとれる。
「なまえ、なんで急にいなくなった」
先ほどと打って変わり、射抜くような瞳。逃がさないというその顔から逸らすことが出来ない。
初めてみる銀時さんの態度に戸惑う。でも、優しい人だから本気で私を心配してくれていると頭では分かっていた。
「ごめんなさい。みんなに迷惑かけてしまって……」
「怒ってねェよ。ただ……
いなくなったのは、お前が誰に狙われてる事と関係があんだろ?」
どうしてそのことを……
隠しきれない事実と黙っていたことを見抜かれて言葉を失う。
でも認めるという事は銀時さんを巻き込むということだ。そんなこと出来ない。
何も言えず、私が小さく謝れば銀時さんの方が眉を下げて困った顔で笑う。
もう、誰も傷つけたくない。
吉原のみんなも、銀時さん、神楽ちゃんも新八くんも。
私がいなくなれば、解決するかと思った。
もう誰も傷つかない。
そう思ってたのに。
神威さんを傷つけた。こんな私を守ってくれた彼を。
"触らないで"
私は言葉を止めることが出来なかった。
違う。あんなことを言いたかったんじゃない。壊れ物を扱うように、私の頬に触れてくれた彼の手を、拒んで、突き離した。
" ……分かってたよ、こうなることくらい "
呟いた神威さんの声が優しさに似た、諦めの声色だったのは覚えてる。
「銀時さん……私、誰も傷つけたくない。傷ついてほしくない。
でも、大切な人を傷つけてしまった時は、どうすれば良いんですか……」
あなたのことを考えるだけで、こんなにも苦しい。溢れる涙も止められず、暗闇から抜け出せない。
やっとの思いでそう口にしたその時、目元に温かい感触。ただ流れ落ちる雫を指先で拭って、銀時さんは微笑んだ。
「なまえも充分傷ついてるだろ。
お前が人を故意に傷つけるはずがねェ。
何か理由があったんだろ」
私の心を労り、味方でいようとしてくれる。でも、銀時さん。私はそんな綺麗な人間じゃない。
神威さんの過去を、彼はそんなことする人じゃないと否定したいのに。
神威さんが認めてしまったら、もう何も言えなくなる。
本当に、あなたもあの場にいたの?
村を襲ったの? 私の家族を奪ったの?
「怖いんです……
人の心を、本当の姿を知るのが……」
ポロポロとせっかく拭ってくれた涙が、再びこぼれ落ちる。
神威さんの頬から滴り落ちる赤。
光のない青い瞳。
私の知らない過去のあなた。
神威さん、その瞳に私は映っていますか?
ふいに銀時さんが立ち上がり、腕を伸ばした。トンと彼の胸に私のおでこが当たる。そのまま頭を撫でられて、まるで子供をあやしているよう。
「ぎ、銀時さん? 」
「……俺じゃダメなんだろうな」
こんな、か細い声を私は銀時さんから聞いたことがない。戸惑いを隠せないでいると、ゆっくりと身体が離れる。同じ視線になるように銀時さんは腰を折り、口を開いた。
「他人の心なんて、誰にも分からねェよ。
単純だ。分からねーことは、聞けば良い。
嘘をつかれるかもしれない。欺かれるかもしれない。
でも、そうするのにも理由があるはずだろ。
それがそいつの本音ってやつさ」
言い終わると銀時さんは、ガシガシと少し乱暴に私の頭を撫でた。
「あとはなまえがどうしたいか、だな。
お前はもっとわがままに、図々しくなっていいんだよ」
揺れる視界の中。銀時さんを見上げれば、赤い瞳は優しく三日月になる。
やっぱり銀時さんは春の太陽みたいだと思った。