
52. 落ちる意識の中で
「これで全部かな」
退院の日。荷物を整理して、お世話になった新井先生に、お礼を告げてから帰ろうと病室を出る。待合室には誰もいない。
(あ、月詠さんにも電話しなきゃ)
"家まで送るから、診療所を出る時電話して" と彼女に言われていた事を思い出す。
携帯を取り出し、月詠さんの名前を選択してボタンを押す。数コールしたが、結局月詠さんは出なかった。忙しいのだろう。
私が誰かに狙われていなきゃ、月詠さんの負担になることもないのに……
深くため息をつきながら、私はこれまでのことを振り返っていた。
多分、始まりはそよ姫様が攫われた祭りの日。
あの時も彼に助けられた。
「神威さん……」
私の名前を呼んでくれた声を思い出して、胸が苦しくなる。
その数日後、吉原にいる4人の女性が襲われる。みんな私に似たような人ばかり。おそらく偶然じゃない。
そして、雅が何者かに襲われた。
代わりに店に出たあの日。男に部屋に連れ込まれたことを思い出す。あの時も、神威さんが助けてくれた。
そして、最後は日輪さん。あの時野次馬の中にいたんだ。私を狙ってる人物が。
"お前のせいだ"
憎しみと、どこかあざ笑うような声。まるで私が傷つくのが面白いみたいな。
最後に彼に会ったのは、あの雨の日。
"俺の手が怖い? "
あの時の神威さんの苦しそうな瞳。傷ついた表情。彼はこうなることが、分かっていたのかもしれない。
いつか、私が拒絶すると。あなたの手を振りはらう時がくることを。
「だから、あんな顔」
私はなんてことをしたのだろう。銀時さんの言う通り、分からないことを聞けばよかったんだ。
神威さんの本当の心を知るのが怖くて。彼の言葉に耳を傾けようともせず、ただ拒絶だけして。
自分が傷つきたくないからって。
私はもう、あなたに会うことは出来ないのだろうか?
会って話をしたい。謝りたい。あなたの手を振り払った事を。傷つけてしまった事を。私の想いを。
トボトボと歩いていると診察室の前にくる。扉を開けて中に入ったが、誰もいない。踵を返し、診察室をあとにする。
「そういえば…… 」
私はそこであることに気づき、目を見開いた。
どうして、その違和感を見過ごしてたんだろう。
まさか、あの人が私を?
そうと決まったわけじゃない。
じゃあ、なんであんな言葉……
どうしよう、誰かに言うべき?
でも、まだ確証もない。
半信半疑なことでみんなを巻き込んでいいの?
「で、電話 」
ぐるぐると考えがまとまらない間に、自分の携帯電話が鳴る。ビクリと肩を揺らし、急いで取り出す。着信の相手は銀時さんだった。
小走りで出口に向かいながら、震える手でボタンを押す。
「なまえか? お前今日退院だろ。神楽も新八もお前に会いたいって。今日飯でも、」
「ぎ、銀時さん! あの、私っ‼︎ 」
急に掴まれた腕、鼻をつく強い香り。悲鳴すら出す暇なく、後ろから誰かに布のようなもので口を塞がれて、声が出せない。ぐらりと視界が落ちていく。
「な、に……」
指先から携帯電話が音を立てて滑り落ちる。
「なまえ?
おい! どうした、返事しろ!
なまえ‼︎ 」
落ちる意識の中で、銀時さんの叫ぶ声だけが聞こえた。