5. 鮮やかな青



 呼吸を整え、閉じていた目を開く。横から入ってきた人物によって、私は浪人から解放されたのである。


 その人は頭から灰色の外套がいとう羽織り、口元しか確認できない。それを見た私は少しばかり息を呑む。
 その人は笑っていたからだ。



 その異様な雰囲気とは裏腹にその人は、私がきちんと立ったことを確かめると、今度はまるで浪人から護るように、私を自身の背中へ追いやった。




「なんだお前っ、」




 浪人は大声を上げながら立ち上がり、無謀にもこちらに掴みかかろうとする。その腕をいとも簡単に手に取ると、その人は折るように無理やり捻じ曲げ始めた。




「痛ぇ! 」




 浪人は痛々しい声をあげる。ギシギシと私にもわかるくらいの嫌な音が、聞こえてきた。




「や、めて、乱暴はよして! 」




 ハッと我に返り、訴えるようにその人に叫ぶ。これ以上はダメだと直感でわかった。きっとこの人は、本気で腕を折ろうとしている。


 わずかに目の前の人物の顔が、背後にいる私を見やる。同時に、浪人からパッと手を離した。
 それはまるで、私の言葉に一瞬、隙をつかれたような、そんな素振りだった。




「な、何だよお前、」




 浪人は目の前の得体の知れない人物の存在に驚くと、すぐさま駆け出しこの場を後にした。
周りでみていた人々も、何事もなかったように散り散りになり、吉原はいつもの賑わいに戻る。



「なまえ大丈夫かい? 私はあのケンカしてた子の怪我、手当てしてくるから。
アンタもありがとね」



 女将さんはそう言って、外套を羽織ったその人の肩を叩き、早足で店の中に入っていった。
残されたのは私と、助けてくれたこの人だけ。




「あの、ありがとうございました」




 普通ではない気がする。この人は。でも、助けてくれたことに変わりはない。恐るおそるお礼を言うと、一歩私に近づいてくる。


 すると、自らの顔を覆っていた布を、長い指先でずらし、晒し始めた。目に飛び込んだ光景に、思わず息をのむ。





大きな瞳は鮮やかな青色。
鼻が高く、形の良い薄い唇。
男だった。こんな端麗な人、吉原にもそうそういない。
歳は私と同じくらいだろうか?




 そんな思想を巡らせていると、スッと右腕が伸びてきた。私の鎖骨あたりに長い指先が置かれる。突然のことで強ばるのが自分でも分かった。この人の指先から、視線を外すことが出来ない。
 まるで、己の生命の糸を握られているかのよう。





「痛くなかった?」





 戸惑っていると、先ほど浪人の腕を折ろうとした人とは思えないような、優しげな声色でそう聞いてくる。
 ゆっくり、わずかに怯えをはらみながら、男を見上げた。





「大丈夫です……」





 小さく呟く。普通に言ったつもりなのに声が震えていた。きっとこの人の手が触れているせい。
 ひとたび力を込めれば、私の喉はたちまち息をすることは出来ないだろう。助けてくれたはずなのに、この人が怖い。




「そう」




と男はそう呟くとゆっくり手を離した。





「そんな怯えないでヨ」





 整った眉毛が下がる。




「え、」




 戸惑いを口にした時には、男はすでに人混みの中に消えていた。
 最後の表情が、頭から離れなかった。




 あなたは、何者ですか?



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