62. 羨ましい 阿伏兎side



「団長ぉ」


 血生臭い、生き絶えた天人の上を容赦なく踏み抜いて、我らが団長様の元へ向かう。
 予想はしていたが、事態は終わりを迎えていた。


 天人の屍の中で、勝者である団長はポツンと佇んでおり、医者の男は項垂れて憔悴しきっていた。
 そして、嬢ちゃんは団長に大事そうに抱えられている。背後から覗き込めば、どうやら力尽きて気を失ってるようだ。



「阿伏兎。遅いよ」
「俺がいなくても、団長なら朝飯前だろ? 」



 団長は文句を言いながらも、そこに俺を責める響きはない。
 周りを見渡せば、殺られた敵さんの血で部屋は見るも無惨な姿だ。ったく、派手に暴れたもんだ、といつもの光景に、いつものようにため息をついた。



「ほら、立ちな」



 乱暴に言い放ち、医者の男の肩を持つ。団長に負わされた傷が痛むのか、男は時々表情を歪めた。



「阿伏兎、アレは」



 団長は男のことなどお構いなしに静かに呟く。どこか急かす視線に、俺も慌てちまった。
 話を聞けば、嬢ちゃんの体内にもあの薬を投与されてしまったようだ。一時的に抑制剤は摂取したものの、解毒剤はきちんと使用しなければならない。きっと体がついていけなくて、意識を手放したんだろう。
 俺は医者の男の家から持ち出した一人分の解毒剤を団長に手渡した。


「春雨の研究室に調べてもらったら、正真正銘の解毒剤だそうだ。

…ちゃんと解毒剤まで用意して、お前さんは一体何がしたかったんだ」



 答えてくれるか分からないが、俺にされるがまま歩かされている男に問いかける。
 意外にも男は、疲れ切ったような弱々しくかすれた声を出した。



「…俺だって何も思わなかった訳じゃない。
こんなの開発して、恐ろしい代物だって分かってた。何度も躊躇した」

「だったらやめればよかっただろ」

「…やめようとしたら何度も、ある天人に言われたんだ。

ここで止めれば母親が悲しむ。鳳仙に復讐したくないのか。あの家族に復讐したくないのか。

自分たちが手を貸すから、この計画を成し遂げろ、と」



 “ある天人” ねぇ…。
 おおかた、上層部の差金か。どうにかして鳳仙を、いや第七師団俺たちを潰したかったのだろう。
 しかし、鳳仙は別の戦いで敗れ、代わりに団長が吉原の実権を握った。

 鳳仙亡き後も、計画を辞めさせなかったのは、団長を吉原ここから引きずりおろしたかったから。
 吉原で騒ぎを起こせば、その責任は形だけでも、団長に追及される。(まぁ、団長は吉原を野放しにしているが)
 あわよくば、この薬を発端にして団長を消そうとしていたかもしれない。



「夜兎の血なんて、そうそう地球人が手に入るもんじゃねェしな」



 春雨の協力なしではあり得ない。そそのかされ、引き返せない所まできちまったのか。
 葛藤はあっただろう。全てコイツのせいではないことも分かる。元を辿れば、春雨がコイツの母親に薬を作らせたのが始まりだしな。
 同情しない部分がない訳ではない。

 しかし、血を愛でる者としては、俺たちの血が利用された事に腹を立てたことは確かだ。



「団長、このまま船に_」
「いや、いい。置いていく」
「はぁ? 始末しなくていいのかよ」



 初めの話と違うだろ。
 なんだ、うちの団長は。また気が変わったのか? と俺たちが不満を言ったところで、全てはこのイカれた団長サマの仰せのままにだ。
 俺は嬢ちゃんに解毒剤を打つ団長の姿を黙ったまま見やる。



「地球で起きたことは地球人にまかせるよ。
元々俺たちは薬の調査、抹消しに来た。そいつの処罰に俺は興味ない」



 団長はそう吐き捨てる。男のことは心底どうでもいいようだった。
 確かに団長の命令で、診療所のこの薬に関する資料やサンプルやらは、全て回収した。今頃、上は驚いているだろう。この薬が出回っているという噂だけを頼りに、俺たちは独断でここまで来たのだから。



 男を柱にくくりつける。抵抗する様子もない。
 まぁ春雨と繋がっているのなら、宇宙うえに帰れば間違いなく命はなかった。コイツはある意味ラッキーだ。後のことは地球人に任せよう。

 団長は眠ったままの嬢ちゃんをかかえ、歩き出す。大事そうに抱えちまって。
 俺は顔を緩ませて、やれやれとため息をついた。



「…今さら、こんなことなまえちゃんに信じてもらえないかもしれない」



 男が呟いても、団長は興味ないのだろう。そのまま真っ直ぐに出口へと歩き続ける。



「彼女の父親に憧れて、当時の俺は医者を目指した。それは本当だ」



 団長が足を止める。そして、突き放すように言い放った。



「そう。でも、俺にはアンタが誰かために、自分を犠牲にするとは思えないけどね」



 怒りも呆れもない。ただ淡々とそう述べた団長は、男の反応など確認する素振りもなく、部屋を出て行った。
 チラリと男をみる。俺はガシガシと自分の頭を掻いた。



「まぁ、嬢ちゃんに矛先を向けるのはお門違いだったな」



 それだけ吐き捨て、続いて部下たちと部屋を出ようとすれば、男は渇いた笑みを浮かべた。


「眩しくて、羨ましかったんだ」


 引っかかる言い方をされて、思わず足を止める。



「落ちぶれた俺に向けられる、あの頃と変わらない笑顔が…眩しかった。

みんなに慕われ、ましてや春雨であるアンタたちでさえも、味方につけて。
俺と違いすぎて。俺にないものを簡単に手に入れてて。


眩しくて、羨ましくて…憎かった」



 嫉妬に羨望か。地球人は面倒くせェ生き物だな。



「嬢ちゃんだって、全てが上手くいってた訳じゃねェだろうよ。
腐るか、腐らなかったか。ただそれだけだ」



 男がどんな顔をしていたのかは分からない。今度こそ俺は部屋を出た。



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