63. 泣きじゃくる



 江戸の病院を出れば玄関先に見たことのある車が停まっている。ゆっくりと後部座席の窓が下がり、これまた見慣れた人がひょっこりと顔を覗かせた。


「乗りなせィ」


 独特の話し方と亜麻色の髪。整った顔立ちの黒い隊服姿の知り合いは一人しかいない。


「沖田さん」


 名前を呼べば、彼は返事の代わりに自分の隣の席をポンポンと叩き、乗れと言わんばかり。
 ただでさえ、真選組の車は周りから目立つというのに、堂々と病院の玄関先で乗り込めば、私自身が悪目立ちしかしない。
 そんな私の感情など、汲み取る様子もなく、沖田さんはむしろ”なんで乗らないんだ”と言いたげにじーっと見つめてくる。
 周囲の視線が突き刺さる中、私はおずおずと車に乗り込んだ。




「あの、待ってたんですか? 」

「えぇ。本当はアンタが目覚めたらすぐに話聞きたかったんですけどねィ。病院から、面会する時間はないって言われちまって。
事情聴取とついでに、旦那より先に顔を見に来たんでさァ」


 なぜか、してやったり顔の沖田さんを、不思議に眺める。私の目線に気づいた彼は、私のおでこをまじまじと見つめた。


「怪我、額の傷だけで済んで良かったですねィ」


 沖田さんがトントンと自分のこめかみを指さす。私の頭には包帯がぐるりと巻かれていた。あの戦いの最中、知らない間にガラスか陶器の破片で切っていたらしい。



「あの…吉原は? 」



 気になっていたことを、おそるおそる沖田さんに尋ねる。あの騒動はもう、一昨日の出来事だったが、昨日、病院で目覚めた私には、数々の検査が待っており誰とも会わずに今日を迎えたのだ。
 なので、あれから吉原がどうなったのか全く知らない。すると、沖田さんは安心させるためか口角を引き上げた。



「安心しなせェ。吉原はとりあえず大丈夫だ。
住人たちも解毒剤のおかげで落ち着いてる。多少の建物の損壊や怪我人はいやすがねィ。
たく、住人を傷つけずに気絶させるの苦労しやした」

「そう、ですか」



 解毒剤、そんなものがあったんだ。でも、町の人々が無事なようで安堵する。
 沖田さんは頭の後ろで手を組み、私を観察するように眺め、何かを言いだけな顔。
 私が無言で言葉を促すように見つめ返せば、彼もそれを察したようだった。



「…あんたを助けたのはアイツだろィ」



 アイツ、という単語に自然と神威さんの姿が思い出され、思わず顔が強張る。
 このわずかな動揺を沖田さんが見逃すはずがなかった。彼の真選組としての顔を向けられて、私は押し黙ってしまう。
 自分の身を心配してる訳じゃない。それでも、春雨の彼と一般人の私。繋がりがあることは、決していいことでないのは理解していた。



「…心配すんな。
本来なら、あんな危ねぇ奴と繋がってるなんてとんでもねーが、今回ばかりは幕府の大物が逮捕できたんでね。あんたとアイツの関係は適当に誤魔化しときまさァ」



 その言葉に目を丸くして顔を上げれば、再びしてやったり顔の沖田さんがいた。
 そして、おもむろに運転席と助手席の間に乗り出す。




「おい山崎。今の話、何も聞いてねぇよな? 」
「キ、キイテマセン」
「よーし。ご褒美に焼きそばパン買ってこいよ」
「なんで、俺が買ってこなきゃいけないんですか! 」



 怯えながらも的確なツッコミを入れる”山崎” と呼ばれた人に、どことなく新八くんの姿を重ねてしまい、私は小さく微笑む。
 その様子をみた、沖田さんは再び後部座席に身を委ね、窓の外を眺めながら呆れたようにため息をついた。



「なんであんな奴に惚れちまったのかねィ」



 ボソリと沖田さんが何かを呟いたが、わずかに開けた窓から風が吹き込み、かき消されてしまう。
 聞き漏らさないようにと、沖田さんを覗き込めば紫がかった赤色の瞳が揺れ、わずかにきゅっと細まった。









 見慣れているはずの吉原の街並み。しかし、先生のやった事の爪痕はくっきりと残されていた。


 沖田さんと別れ、帰路につく私の視界に、見覚えのある人物が入った。


「月詠さん…! 」


 そこには、アパートに取り付けられた、今にも壊れそうな階段に身を預け、煙管をふかす月詠さんの姿。彼女は私を確認すると、安堵したように微笑んだ。



「なまえ…体は大丈夫か? すまぬな。吉原もバタバタして見舞いに行けなかったんだ」



 申し訳なさそうにする月詠さんに、私は急いで首を横にふる。百華は今、町の再生のために動いている。そこに月詠さんは必須だろう。



「まさか、先生がこんな事するなんてな…」



 今も信じられない様子で月詠さんがポツリと呟く。
 私も同意を示し、小さく「そう、ですね…」と口にした。



「なまえの電話にわっちが出ていれば、連れ去られることもなかったのに」



 すまない、と月詠さんから発せられた言葉。彼女が謝ることではない。連れられたのは、自分のせいだった。
 私はあの日ふと、先生とのやりとりの違和感に気づいたのに、結局捕まってしまった。

 私が歌舞伎町の神社で襲われたあの出来事。先生の治療を受けたその時に、言われた言葉。





_でもなまえさん、もう1人で行動してはダメですよ。

夜の神社なんて誰が潜んでるか分かりませんからね_




 私が神社にいたことは、銀時さんにも話してない。おそらく神威さんしか知らない事。
 なのに先生は私があの日の夜、神社にいたことを知っていた。
 その言葉の違和感に気づいた時にはもう遅かった。連れ去られてしまったのだから。自分自身に呆れてしまう。



「なまえ、これ」



 名前を呼ばれ顔を上げれば、月詠さんの手には紙袋。中身を見れば、私の着物が入っている。これは、あの日着ていたものだ。
 洗われて、綺麗に畳まれていたが、所々についた血はそのまま。洗濯では落ちきれない赤。それが確実に、あの出来事が現実であったと知らしめていた。


「あれ…」


 着物の上に小さな紙切れが置かれていた。不思議に思い取り出せば、そこには歌舞伎町の近くにある港の名前と明日の日付、明け方の時間が殴り書きされていた。




「あの日、なまえを鳳仙の店で見つけた時、ぬしの帯部分に挟まれていた」



 月詠さんがそう教えてくれる。多分、これは神威さんが乗る船の情報だ。誰がこれをくれたのかは、わからない。
 でも、神威さんがここからいなくなる。それだけは、このメモから分かってしまった。
 どうしようもない不安が押し寄せ、くしゃりとメモ紙が歪む。
 会いたかった。ただ、神威さんに。




「なまえ」

 月詠さんの凛とした声。地面に落としていた視線を上げる。そこには、優しげに微笑む彼女がいた。



「そのメモのこと、詳しくは聞かん。

なまえの選択したことを責める権利なんてわっちにも、誰にもない。
日輪も晴太も分かってくれる。もちろん、雅や女将もな。

大丈夫。お前はずっとわっちの大事な妹だ」



 心配するな、そう言い聞かせるような声色に私は何度も助けられてきた。全てを話していなくても、きっと月詠さんは何となく察してくれたのだろう。



「月詠さん…ありがとう、ございます」



 子どものように泣き出す私を月詠さんは、ずっと優しく抱きしめてくれた。



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