指先から発火する



※「掬い上げたのは熱帯魚」の夏油視点







「なぁ、今日全員暇だろ?絶対」



 いそいそと帰り支度をしていると、突然悟が机を叩き、私たち全員を見やる。今日は珍しく同級生四人が揃っていたため、教室内がいつもより賑やかだった。
 「おいシカトすんな」と悟が手短な隣の席のなまえに凄む。無視をしてた訳ではない。突然の宣言に全員が驚いただけだ。
 しかし、言い訳すらもさせてもらえない悟の態度に、なまえは「ヒマデス…」と蛇に睨まれた蛙の如く、怯えた様子で小さく答えた。


「暇だったら、どうするんだ? 」


 見かねた私は彼女へ助け舟を出し、立ち上がりかけた腰を下ろす。机に頬杖をつきながら隣の席の硝子に目を向ければ、ポチポチとつまらなそうに携帯をいじっている。席を立つ様子がないので、彼女も悟の言葉を待っているのだろう。
 全員が息を潜める中、この場を一瞬で支配した悟サマはニヤリと笑みを浮かべた。



「ゲーセン行くぞ」








 流行りの音楽、ゲームのBGM、メダルゲームの硬貨がぶつかり合う音、人々の話し声。全てをかき混ぜたこの空間は毎度ながら、騒がしいなと当たり前の感想を抱いてしまう。


 あのゲーム、前に悟と七海と灰原と来た時にはなかったな、と目まぐるしく変わるゲームセンター内の変化に驚きつつ、ふと前を歩くなまえと悟をなんとなく観察する。悟が何かを話し、それを聞き取ろうと、懸命に彼女は耳を傾けていた。
 すると突然悟がなまえに顔を近づける。急接近する二人の距離に、自分の顔が強張るのがわかった。背後にいる私の動揺などつゆ知らず、二人は話し続けている。当然だが、内容までは音の渦にかき消されて拾えない。


 そのうち、悟は苛立った様子で彼女の耳元にさらに顔を近づけるものだから、反射的に一歩大きく二人へ近づいた。その拍子に後退りをしたなまえが私に接触した。
 慌てて謝罪をされたが、彼女が私にぶつかることなど、タンポポの綿毛が飛んできたようなものだ。
 彼女に平気だと告げ、何食わぬ顔で二人の間に割って入る。急な行動に悟は訝しげな視線を送ってきたが、そこは知らないフリをした。


 なまえが男友達というものにあまり免疫がないのは、共に過ごしていればなんとなく察しがついた。
 それ故に、私や悟が彼女の中で"男友達" の基準になっているのも知っている。
 悟の距離の近さも、まぁ男でも友達ならきっとこんなものかと受け入れているんだろうけど、正直、彼の距離感はバグっていると思う。


 少なくとも私は、女友達の頬を気安くつねったりしないし、丁度いいからといって、硝子やなまえの頭を肘置きにはしない。(ちなみに硝子からは、重いと言われ腹パンを喰らってた)
 その度に私は、悟に対してどこか不満を募らせていた。きっと羨ましかったのだろう。何の気なしに彼女に触れる悟のことを。




「傑!これやろうぜ」

 悟が子どもらしさ全開に格ゲーの機械を指さす。あまり乗り気ではなかったが、相方が横でしつこいので一戦だけ交えることにした。
 このゲームの時は簡単な賭けごとをしているが、硝子が私にベットしたことは記憶の限り、ほとんどない。そんなことを思ってた矢先、


「お前も俺に賭ければ?」


と悟はしたり顔でなまえを甘く誘惑していた。それに乗りそうになってた彼女を、慌てて無理やり自分の方へ引き込む。ゲームでも悟の味方をされるのはヘコむから。
 私がわざとらしく落ち込んだ顔をすれば、優しい彼女はすぐに味方になってくれた。女神が手を差し伸べるように。…この子は将来、壺でも買わされてしまうのではないかと心配になる。
 ゲームは案の定負けてしまったけど、彼女が楽しそうに笑っているから良いとしよう。









「なんで、アンタたちまで来るわけ?」


 なんて硝子の不満に満ちた声を右から左へ流し、女子高生たちからの好奇の視線を感じながら、プリクラ機が立ち並ぶエリアに足を踏み入れる。
 硝子はなまえと二人で撮りたかったみたいだけど、私も彼女との思い出は一枚でも多い方がいい。


 女子の中には、機械にこだわりがある子もいると硝子が前に言っていたが、正直私にはどれも同じに見える。なまえもそれほど写真を撮る機械に強い希望もなく、「迷っちゃうね」なんて硝子と話していた。私は女子二人の意見がまとまるのを待っていたが、相方はそうじゃないらしい。
 「もうここでいいだろ」と悟は目の前の機械を指さし、私たちの意見を聞く前に、どデカい音楽が鳴り響く箱の中へ吸い込まれていった。



「狭い」
「中はどれもこんなもんだよ。イヤなら出てってよ」


 スクールバッグを荷物台へ置いていると、硝子と悟がなんやかんや軽口を叩いている。私はそんな悟の隣で画面を眺めながら、本当にこんな小さな枠に全員入るのか?と疑問に思っていた。すると画面越しになまえがこっそりと前髪を整えているのが見える。その仕草が女の子らしくて可愛いなと密かに思った。
 

 いざ撮影が始まると、四人で横並びで撮るのは難しそうだった。どうしても誰かが枠からはみ出す。まぁ、ただでさえ男が二人もいるのだから当然といえば、当然だった。
 本当はなまえの隣がよかったけど、そこは、写真撮りにむりやり参加させてもらったお礼として、硝子に譲ろう。悟は前で撮りたがっているから、自動的に私が後ろに下がる。
 するとなまえも同じ考えだったようで、いつの間か小柄な彼女は私の横にいた。思わぬ所で隣を独占出来たことに内心嬉しく思う。
 ふと画面を見ると、なまえがわずかに枠からはみ出していたので、慌てて声をかけた。彼女も私の言葉につられ、近づきかけたその時だ。



「お前、入ってねェんだけど」



 悟が画面を見たまま、手探りで彼女の細い腕を掴む。そのままなまえを前に引きずり込み、あろうことか肩まで組んだ。



「…は?」



 突然の出来事に開いた口が塞がらない。悟の行動につい本音が漏れたが、大きすぎるBGMにより、自分の圧のこもった声は誰にも聞こえなかった。
 しかし無常にもそのまま写真はパシャリと撮られ、私の嫉妬と不満をごちゃ混ぜにした引き攣った顔はバッチリと証拠として残ってしまった。自身の失態に落ち込みながら、未だになまえが悟に捕らわれたままでいるのが気がかりで。
 彼女も彼女で、離してほしいと言わず、撮った写真が表示されてる画面を悟と共にじーっと見つめていた。



「なまえ、マヌケな顔してるな」
「だって、五条くんが急に引っ張るから!」



 悟は笑い、反対に彼女は怒っているが、本気じゃないことは言い方で分かった。
 悟の腕が彼女の細い首を一周してる。そのせいで二人の距離が必然的に近い。彼女は嫌じゃないのか。
 いつまでもそのままにしてる二人にどこか苛立ちを覚え、「悟、なまえを離しな」とやんわり伝えるつもりが、いくらか温度のない声が出てしまった。









 事件は私と悟が席を外した時に起きた。
 硝子となまえが待っている場所に悟より先に戻ると、なぜか硝子の姿はない。彼女は一人だった。しかも、あろうことか見知らぬ男二人に囲まれている。



「…は?」



 本日二回目の圧をかけた声が出た。意識して出す声じゃなくて、喉に力を入れずにそのまま発せられた声。
 自然と早足になりながら、一目散に彼女の元へ向かうと、身を守るようにスクールバッグを抱きかかえていた。その姿に庇護欲が掻き立てられる。
 男の一人がなまえの肩に手を置いた。その瞬間、無意識にピクリと自身の手が動く。危うく手持ちの呪霊を出すところだった。
 いや、もはや呪霊でも出して、その男の手をなまえから振り払ってやろうと思ったが、落ち着けともう一人の自分がそれを止める。しかし、頭に血はとっくに昇っていたのである。



「私の連れに何か用ですか?」



 瞬間、なまえが心底安心しきった顔になったので、こんな状況ながら嬉しさで胸が高鳴る。男たちの汚い手と不快な視線から彼女を救出し、そのまま二人で外に出た。


 わずかに蒸しばんだ温度。他人など気にしていない我関せずの大勢の人々の足音。自分の手の中にある、少しだけひんやりとした細い指先。
 あぁ、こんなにも彼女の手は小さいのかと思った。


 路地裏に身を隠し、なまえに向き直る。早く戻れば良かったと謝罪をすれば、そんなことないとなまえはオロオロし、少しだけ握る手に力が込められた。それでも明らかに男の私とは比べ物にならないくらい弱々しくて、私が普通に握るだけでも壊れてしまうのでないかと錯覚する。


 チラチラと自身の右手へ気まずそうになまえは視線を送っている。控えめな彼女のことだから、自分から離してと言えないのだろう。あくまで私から手離すのを待っているようだった。


 ここで望み通りにしたら、なまえはどんな顔をするのだろう。ホッと安心して胸を撫で下ろされたら、それは結構堪える。
 だから、彼女が解放されたがっているのに気づいていながら、私はわざと知らないフリをした。


 まだ繋いでいたかったから。彼女の柔らかい小さな手と。


 しかし、気持ちとは裏腹に、痺れを切らした彼女は戸惑いがちに手を軽く動かした。もう離しても大丈夫だよ、と言われているようで私はついムキになってしまう。



 なぜ、悟には触れさせたのに、私はダメなんだ。なぜ、私の時は自ら離れようとするんだ。
 ……君は知らないだろう。悟が君に触れるたびに、私の心がざわついていることを。


 どうして、なんで?アイツはよくて、自分はダメなの?という子どもじみた思いが膨れ上がる。それはどうやら声に出ていたらしい。



「……悟はいいのに?」



 自嘲的な色を含んだ声。責めるような聞き方をしてしまったこと、言った後で後悔する。
 彼女の困惑した瞳。数回瞬きをして、ゆっくりと顔が下がる。きっと返す言葉を探してるんだ。
 好きな子をこれ以上、困らせたくなくて名残惜しいけど私はそっと手を離した。



「戻ろうか」



 私から離れたなまえが、どんな顔してるのか見たくなくて、彼女の一歩先を夢中で歩いた。






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嫉妬しちゃう夏油くんの話

2026/03/13