6. その宝石はあたたかい



「五条くんいつもあんな呪霊と戦ってるんだね…」
「あ?普通っしょ。あれぐらい」



 むしろ今日のは弱いくらい。とあっけらかんに語る隣の最強術師を、信じられないという顔で見やる。
 数ヶ月ぶりに私は五条くんと一緒の任務に駆り出された。
 補助監督いわく、一級案件の呪霊は五条くんに任せて、それによって集まってくる低級呪霊を退治してほしいとのこと。他の術師が空いてなかったらしく、私に任務が回ってきたと言うわけだ。


 正直、一級案件の呪霊は初めて見たが、私が普段祓っている呪霊が小物に見えるくらい、呪いの大きさが比でなかった。
 普段、こんな化け物を相手に五条くんや夏油くんが戦っていると思うと、頭が上がらない。


 五条くんのおかげもあり、当然無傷で高専へ帰還。報告書を出す前にジュース買いにいこーぜ、という彼の一声により、私たちは自販機へ寄り道をすることにした。
 
 いつも使っている自販機へ向かう。そこには自販機が二台と壁に沿って座れるイスが設置されていた。
 角を曲がろうとした所で、突然大きな背中にぶつかる。先導してた五条くんが急に立ち止まったからだ。




「ご、五条くん?」




 ぶつけた鼻をさすりながら、どうしたの?と意味を込めて名前を呼ぶ。
 しかし、当の本人は私の言葉を無視して、何かを伺うような、それでいて隠れるような素振り。まるで浮気調査をする探偵さながらだ。
 応答がないので、仕方なく名探偵サトルの横を通り過ぎようとした。
 しかし、それを彼の腕が制止する。




「ばか出るなっ 」
「うわっ!」




 そのまま私は五条くんの体にすっぽりと収まってしまった。バックハグのような形で。
 しかし、私たち二人の体格差も相まって、悪さしようとする子どもを、親が背後からホールドしてると言われた方がピンときてしまう構図。
 そこにはロマンチックのカケラもない。




「ど、どうしたの…」
「いーから、あれ見ろよ」




 五条くんの声が上からふってくる。彼の指差す方向。おそるおそる壁から覗き込めば、そこには夏油くんとあの補助監督さんの姿が。
 会話は聞こえないが、楽しそうにしているのはここからでも容易に分かる。


 ドキッと心臓が嫌な動きをする。明らかに脈が早い。でも、二人が並んでそこにいるだけなら、そこまで動揺しなかったかもしれない。
 彼女の方は夏油くんの腕に絡みついていたのだ。その光景は、私の目には恋人同士にしか見えない。息が詰まり、言葉が出ない。
 



「…」




 視線の先には好きな人の笑顔。前はその顔を見るだけで私まで嬉しかったのに、今は違う。
 心が苦しい。楽しそうにしないで、腕なんて組まないで。
 溶けたチョコレートみたいな…いやそんな可愛いものじゃない。


 今日祓った呪霊のようなドロッとした感情が胸に渦巻く。


 夏油くんの彼女でもない、告白もしてない私にそんなこと思う資格ないのに。
 好きな人の恋を応援できない自分は、きっと性格が悪いのだ。




「つーか、あれもう付き合ってんのか?」




 五条くんの何気ない言葉が、頭の中で繰り返される。
 付き合ってたら、どうしよう。私、夏油くんにちゃんとおめでとうって言える?今まで通り会話できる?
 こんなことなら、想いをぶつけておけば良かったなんて思っても、あとの祭り。
 夏油くんとの関係を壊したくなかった臆病な自分が招いた結果だ。


 目の前にある五条くんの腕を、無意識に引き剥がそうとした。
 離してほしい。もう、十分分かったから。あの二人がお似合いなことは。もう見たくない。
 でも、逃げ出したいのに、足が床に吸いついたみたいに動けないのはどうして?




「イチャつきやがって傑のやつ。なまえ、写真撮ってネタにしてやろーぜ…」




 この光景を面白がる五条くんが、携帯電話を取り出す。同調を求めて覗き込むように横から私に話しかけたその時だ。




「…は?」




 最強術師の当惑した声。同時にグイッと肩を強い力で掴まれて、無理やり五条くんと向き合う形になってしまった。
 サングラス越しでも分かるくらい、五条くんの見開かれた瞳。唇は小さくあけたり閉じたりを繰り返し、うろたえているのが分かる。
 

 目の奥が熱い。喉が詰まって上手く声が出ない。これ以上、顔を見られないように私は俯くしかなかった。


 "気にしないで、大丈夫、何でもないから"
 そう言いたいのに、五条くんの制服の裾を掴んで、首を横に振ることしか出来ない。


 数秒の沈黙のあと、五条くんが突然、
「あぁ!クソッ!」とヤケを起こしたように声を荒げ、自身の髪をガシガシと乱暴に掻く。




「ちょっと、来いよ」




 私の手首を掴み、強引にその場から離れたのだった。









 連れてこられたのは、体育館へ続く渡り廊下の隅。この場所は私たち生徒以外、ほとんど誰も通らない。それを見越してのことだろう。
 外は夏の陽射しが容赦なく降り注いでいた。


 私と五条くんしかいない空間になった途端、張り詰めていた糸が切れたように涙が溢れる。



「ご、ごめんっ……」



 早く止めなきゃと思うのに、涙腺は言うことを聞いてくれない。五条くんを見れば、首を掻き、気まずそうに私から視線を逸らしていた。
 傍から見れば、五条くんが泣かせているような光景に申し訳ない気持ちになる。




(五条くんになんて言おう……)




 彼への上手い言い訳が思い浮かばず、言い淀んでしまう。
 というか、こんな状況で今さら弁解なんて出来るのだろうか。
 まさか、夏油くんと例の補助監督が二人でいたから泣いてしまったなんて、これでは夏油くんの事が好きだと告白しているようなものだ。恥ずかしい。今すぐこの場から消えたい。




「そのっ…」




 しどろもどろになっていれば、目の前に四つ折りになったハンカチ。私でも知ってる有名なブランドのロゴが入っている。



「ん」



 使えよと言いたげな短い一言。半ば押し付けられる形で受けとったハンカチを数秒見つめる。
 なぜだか、綺麗にアイロンがけされ、四つ折りになったハンカチと、傍若無尽で我が道を突き進む五条くんがどうしても結びつかない。
 むしろ、泣くんじゃねぇよと怒られるかと思ったのに。




「言われたんだよ」
「な、なにを?」
「ハンカチくらい持っておけって」




 五条くんが不貞腐れたように呟く。誰が、なんて言われなくてもすぐ分かる。五条くんは気を遣ってその人物の名前を出さなかったみたいだけど。

 夏油くんの教育の賜物かぁ、と妙に納得する自分がいた。彼とすぐ喧嘩をするのに、こういう所は素直に従う五条くんに顔が綻んでしまう。


 その時、突然頭に温かい感触。大きな五条くんの手が置かれていた。


 入学当初、私をマヌケだ雑魚だと罵り、体術訓練で容赦なく吹っ飛ばしてきて、私が数学で壊滅的な点数をとると高笑いしてくる彼が。




「やざしいぃ…」




 こんな時に。どうせならいつもみたいに笑ってよ。
 そう思うのに、その大きな手のひらは、今の私にとって救いだった。




「なんでぇ…」
「なんでって…お前は俺をなんだと思ってんの」



 泣き止まない私の横に、無下限を解いた五条くんはずっといてくれた。