9. 姫にバレるのは御法度



※夏油くん出ません




 五条くんのお土産なんだろう。こうなると何を買ってきてくれるのかなと期待が膨らむ。



「なんだか嬉しそうですね」



 そう正面に座る、日本人離れした彫刻みたいな顔の後輩に、微笑み混じりで指摘された。




 昼食をとるために食堂へ行くと、七海くんの姿があった。いつも一緒の元気な灰原くんは不在。きっと任務か休みなのだろう。
 硝子ちゃんは午前中から治療に駆り出され、戻ってくる気配はない。
 夏油くんは、午前中は任務で午後からはお休みだと夜蛾先生が言っていた。


 せっかくなら後輩と一緒に食べたいと思いつつ、七海くんは一人で静かに食事したいかな?と気持ちが揺れ動く。私は数秒その場に立ち止まった。
 すると視線に気づいてくれた彼が、全てを理解した上で「前、どうぞ」と笑う。
 七海くんから誘われた私は、意気揚々と後輩の前の椅子を引いたのだった。




「七海くん、エスパーみたい」
「そこで、モジモジしてたら誰でも察しますよ。五条さんなんて、何も言わずに目の前座りますからね」



 
 勘弁してほしいですよ、と苦言を呈している。傍若無人の先輩に、七海くんはなにかと苦労してるようだ。
 


「それより、なにか良いことでも?」
「か、顔に出てた?」
「ええ」



 普段、口数が少ない彼に指摘されるほど、感情が表に出ていたと思うと恥ずかしい。
 冷静沈着。常に落ち着いていて、任務も淡々とこなす我が後輩。私の方がテンパって何度彼に助けられたことか。
 たまに、年齢を誤魔化しているのでは?と思ったりする。


 五条くんが任務先でお土産買ってきてくれるんだってと話せば、「どうせ、甘いものでしょう」とさほど興味もない様子で、麦茶を一気に飲み干した。それを見ながら私は、七海くんにはコーヒーカップの方が似合うな、なんて考える。




「てっきり、先輩が夏油さんとお祭りでも行くのかと」
「え」




 聞き捨てならない七海くんの発言。水滴のついたコップに伸ばした手が、半端なところで止まる。中身は七海くんと同じ麦茶。
 どうして、私が嬉しそうだと夏油くんが関係してると思うのか。
 まさか、後輩にも私の気持ちバレてる…?


 なんて返答するか言葉を選択を迷っていると、目の前のフォークとナイフが似合いそうな後輩は、お手本みたいにお箸を綺麗に持ち、焼き魚をほぐし始めた。というか、まごついてる時点で色々とバレてるのでは…?



「七海くん、あの…お祭りって?」


 
 この際、夏油くんという単語をすっ飛ばして、お祭りにフォーカスを当てる。
 七海くんは一瞬、ん?という顔をしたが、すぐに元のちょっと無愛想な彼に戻った。
 乾いた喉を潤すために麦茶に口をつける。冷たくて美味しい。



「廊下の掲示板に貼ってありました。この近くで、明日から二日間に渡って行われるお祭りですよ」



 知らないんですか?
 彼の指摘に素直に頷けば、七海くんは意外そうに、そうですかと呟いた。
 なんとなくお互いに次の言葉が続かず、カチャカチャと食器の音だけが響く。


 
 七海くんは私が夏油くんを好きと知ってるのかな…
 というか、夏油くんに好きな人がいることも把握してたりして。
 聞いてみたいけど、もし彼が何も知らない場合、私は墓穴を掘ることになる。


 チラッと七海くんを盗み見るけど、表情を欠いた後輩からは何も読み取れない。
 まごついている私の視線に気づいた七海くんは、少しばかり顔をあげ、その薄い唇を開いた。




「…別に他意はありませんよ。先輩たち仲良いですから、そういう夏の行事には、誰かしらと行くのかと」
「な、るほどね!」




 私ばかりが夏油くんという単語に意識してたようで、恥ずかしい。慌ててお味噌汁に口をつけ、冷静さを取り戻す。




「どうせなら、みんなで行きたいね。お祭り」




 きっと賑やかで楽しいよ、と七海くんに笑いかける。
 もちろん夏油くんと二人で行けるなら、ぜひとも…って感じだけど、私はみんなと出かけるのも、もちろん好きだった。
 私の言葉に七海くんは一瞬キョトンとするが、すぐに小さく微笑み「先輩らしいですね」と呟いた。


 六人でお祭りに行く姿を想像する。
 五条くんと共に、はしゃぐ灰原くん。それを見守る夏油くんと七海くん。
 硝子ちゃんは私の隣にいて、"バカだねアイツら" なんて笑っているのが容易に想像つく。




「先輩に誘われたら行きますよ」
 



 五条さんなら断ります。とキッパリ言い切った七海くんについ笑ってしまう。
 でも、きっと五条くんが誘ってもなんやかんや、来てくれるんだろうなとこっそり思った。



 午後もお互いに一人だった私たちは、体術訓練をしたり、勉強をしたりと共に過ごした。
 私が七海くんから借りた小説を読みながら、夕方からの任務だと教えると、



「無理せず。お気をつけて」



と労いの言葉をかけてくれた。










「なまえ〜!」


 放課後。任務に向かうため、一人で廊下を歩いていれば、そこらへんに響き渡る音量で自分の名前を呼ばれる。
 驚いて振り返ると、巫女姿の歌姫先輩がブンブンと大袈裟に手を振り、猛スピードで走って来た。だんだんと近づく距離。しかし、先輩のスピードが緩む気配は全くない。




「うたひ、うがっ!」




 名前を呼ぶ前に、私の元へ到着した歌姫先輩に勢いよく抱きしめられる。危うく、舌を噛みそうになった。




「お、お久しぶりです」
「おひさ!元気だった?」




 弾ける笑顔で、パタパタと足踏みしてる。しっぽが見えてもおかしくないくらい。
 私より歳上のはずなのに、子どものように笑うから可愛いなと思ってしまう。


 しかし、その行動が急に不自然にピタリと止まった。私を、まじまじと見つめ、上から下までなぞるように視線を動かす。
 どうしたのかと思い、先輩を見つめ返せば、その頭の上にはハテナマークが浮かんでいた。




「あんた今から任務? 」
「そうですよ」




 ほら、と証拠を見せるように携えた呪具を見せる。それなのに、歌姫先輩はなぜか首をかしげたまま。



「その後、どっか出かけるの?」



 出かける用事?ないです、と首を横に振る。
 先輩の尋問のような態度に、戸惑いながら答えれば、今度は眉をひそめて、何か考え込んでいる。
 どうしてそんなこと聞くんだろう?



「じゃあ、あれは硝子と……な訳ないわ。絶対ないわね」



 ごにょごにょと何かを言い始めた歌姫先輩に堪らず、どうしたんですか?と問いかける。数秒の瞬きのあと、先輩はあっけらかんに答えた。




「さっき夏油とすれ違ったのよ。アイツ私服だったから、なまえたちと出かけるのかと思って。生意気にもオシャレだったわ」



 "生意気にも"を強調した言い方に私は苦笑するしかない。
 それよりも、夏油くんどこかに出かけたんだという話題の方が私は気になっていた。



「夏油くん…ですか?」

「そうよ。でも、なまえは約束してないんでしょ?硝子が夏油と二人でわざわざ出かけるなんて考えられないし」



 え、じゃあ五条?と歌姫先輩はうわぁ…と露骨に顔を歪める。彼のことは思い出したくもないようだ。なんて分かりやすい。
 ところが、その可能性は絶対にないのだ。



「五条くんは一日中、任務でいないですよ」



 私、今朝見送りました、と伝えれば、「アイツいないの?!今日は平和ね」なんて語尾に音符がつきそうなくらい嬉しそう。


 ちなみに硝子ちゃんは一日中、治療に駆り出されていたので、さすがに参っているらしい。
 先ほどメールで「今日は早めに寮に行く。任務頑張れ」と応援のメッセージを受け取ったところだ。


 でも、私には分かっていた。出かけるとしたら、きっとあの人。もう休日に一緒に出かけるくらい仲が良いんだ。
 きゅっと制服のスカートを握る。私は先輩に動揺がバレないように、意識して口角を上げた。



「気にならないけど、気になるわね」
「あはは…誰ですかね」



 歌姫先輩は夏油くんとあの人の関係を知らないだろう。
 ついでに、私が夏油くんに想いを寄せてることも。
 なんせ、歌姫先輩は私たち四人が出かけたとか報告すると、苦虫を噛み潰したような顔をする。その度に、「あんたたちは、そのままでいて」と口酸っぱく言われるのだ。


 歌姫先輩は五条くんと会う度に、喧嘩してる(というか、悪ガキの五条くんに対して、一方的に歌姫先輩が怒っている)
 夏油くんは、からかうつもりはないらしいけど、先輩に対する発言が結局、彼女の導火線に火をつけてしまう。
 だから、私の夏油くんに対する想いを話したら、きっと発狂するに違いない。




「まさか、アイツに彼女?」
「さ、さぁ?」




 心底不満そうに言う先輩に、あはは…と私は軽く受け流す。
 その態度に違和感を感じたのか、歌姫先輩は「なまえ、私になにか隠してるんじゃないの」と言いたげに、ジーっと疑いの眼差しを浴びせてくるが、全然怖くない。
 しかし、まずい。これ以上話を広げると作り笑いが絶対に歌姫先輩にバレる。
 



「あのところで、先輩は任務終わりですか?」




 私の話題逸らしに、歌姫先輩は急に泣き顔を浮かべた。コロコロ変わる表情は見ていて飽きないが、思ってもみない反応に少し驚く。
 ガシッと両方の腕を掴まれ、聞いてよ!と全身を揺さぶられた。




「今からなのよぉ!夜にしかでない呪霊っていうから!任務なかったら硝子となまえ連れてご飯でも行こうと思ってたのに!」




 不満を爆発させた歌姫先輩が、子犬のように吠える。そういえば、先輩ともしばらく遊んでない。
 私も硝子ちゃんも流行に敏感ではないので、それを見越してか歌姫先輩は、私たちを様々な場所に連れて行ってくれる。
 美味しいお店に、可愛い雑貨屋さん。今、女の子たちに人気のスポット。
 その瞬間だけでも、私たちは普通の女子高生の気分になれる。



「また今度遊びましょう。せっかくだから冥さんも誘って」



 ね?とまるで子どもに言い聞かせるみたいに歌姫先輩を覗き込めば、うん…と口を尖らせて素直に頷いた。歳上なのに、可愛い人だなぁ。



「ヤバっ、もう行かなきゃ。じゃあ、またね。なまえ」
「はい、気をつけてくださいね」



 歌姫先輩の実力なら、心配はいらないだろうが、ついそう声をかけてしまう。
 そもそも、自分より等級の低い後輩から気をつけて、なんて言われること自体、気に障る人もいるだろう。
 しかし、任務中は何が起こるか分からない。報告と違う等級の呪霊が現れることもある。
 それを歌姫先輩も分かっているのか、私の言葉を蔑ろにせず、




「ありがとう、行ってくる。あんたも気をつけるのよ」




 と優しく抱きしめてくれた。そして、鮮やかな赤い袴を翻し、颯爽と去って行った。
 歌姫先輩が見えなくなるまで手を振る。姿がないのを確認してから、私は深く息を吐いた。



「ふぅ…」



 ちゃんと私、歌姫先輩の前で笑えてた?
 夏油くんどこにいくんだろう。今頃はあの人と一緒なのかな。
 もしかしたら、七海くんの言ってたお祭りも夏油くんは彼女と行くのかもしれない。



「……いいなぁ」



 ポツリと無意識に呟いた言葉にハッとして、首を大袈裟に横に振る。
 もう、夏油くんのことを考えるのはやめよう。辛くなるだけだから。
 


 廊下の窓から外に目を向ければ、空は徐々に橙色になっていて、夜になる準備を始めていた。