突然ですが、私は今とても焦っています。

「豚まんひとつお願いしますー」
「…かしこまりましたー」

「あ、袋いりません」とにっこり笑った忠義に少し睨むような視線を寄越すと「店員さんスマイルないなあ。可愛い顔が台無しやで」と言われた。余計なお世話だ。

「先々週の土曜日に貸してくれたアレあるやんかあ」

夕方のコンビニに忠義の気だるそうな声が間延びする「別にいつでもいいよ」と返答に先手を打てば「ほんまにい?」と嬉しそうな返事が返って来た。

「あの日買うたスカートあるやん。あれ今度会う時履いてきてな」
「なんで?」
「俺の好みやから!」
「…無理!」
「えっ…なんで!?」
「…あれは勝負服にするから!」
「勝負服はピンクにしようやあ。あかりのピンク気に入った〜」
「…じゃあ今度遊ぶ時はここの制服で行くね」
「それは勘弁して」

忠義が初めてこのコンビニに来た日から一週間。彼はちょくちょく遊びに来るようになった。
別にいい。別にいいんだけど、ついに恐れていたことが起こってしまったから私はいま最高に焦っている。

「…大倉さん」
「なに?」
「バイト中だからさ、そういう話ならとりあえず後でラインしよう?」
「え〜なんやねんつまらんわー。昨日はもっと話してくれたやんか〜」

私が恐れていたこと、つまり忠義とすばるさんの来店のタイミングが再び被ってしまうことだ。この間のあの態度から察するに…うん、絶対それだけは避けたかった。
忠義にはすばるさんのことは話してない。触れたことはあるけど、それがすばるさんだとは言ってないし、すばるさんが飲み物を見てる間に忠義が来たから言うタイミングもなかった。

「まあええけど。どうせまた明日会うし」

んふっと笑って「頑張ってな〜」と豚まん片手に忠義は出て行った。
その自動ドアが閉まるのとほぼ同時にレジにドンッとカゴが置かれる。少しびっくりして振り向けばあの殺人鬼のような形相の…と思いきや意外にもにこやかな表情のすばるさんが立っていた。

「…こんにちは」

顔色を伺いながら挨拶をすると「元気そうやんか」と言って笑顔を見せる。
…なんか、なんか見たことない笑顔だな。

「おかげさまで」

カゴの中身を確認してわたしも笑顔を返した。…わかった。これすばるさんの営業スマイルってやつだな?
「あかりのおらんコンビニは味気もくそもあらへんかったわ」という言葉を聞きながら順にバーコードを読み取った。結局あの風邪は見事にこじれ、わたしは三日間ほど寝込んでいた。その間のバイトは休ませてもらったのだ。
「その節は、どうも」なんて言うと相変わらず貼り付けた笑顔のすばるさんが「ほんであいつに看病してもろたんやろ?」とわざとらしく喉を鳴らした。

「え?」

あいつって誰だ?と動きを止める。わたしは誰にも看病なんかしてもらった記憶はない。
すばるさんはやけに低い声で「…結局、あの日もあいつとおったんやんか」と呟いた。
待って。さっきからよくわかんないんだけど。"あいつ"とか"あの日"とか、え、なに?忠義?と…いついたって?

「…すばるさん?」

営業スマイルが崩れたすばるさんは「まあ、ええけど」と言って、打って変わって優しい笑顔になった。

「でもほんま元気になってよかったやんか」
「あ、ありがとうございます…」
「まあ、もうちょい弱っててもよかったかもしれへんけどなあ」

「あいつにとられんのは嫌やけど」と言ってすばるさんはいつも通り不敵に笑った。

「あ、とられるちゃうか。…俺がとるんか?」
「……ど、どういうことです か」

もうさっきからすばるさんの言ってることが全くわからない。ちんぷんかんぷんとはこのことだ。すばるさんは眉間に皺を寄せた私を見て、一層笑いを深くする。混乱してるわたしを楽しんでるんだろうか。


「すばるさ、」


呼びかけようとした一瞬の出来事だった。
笑顔を隠したすばるさんがわたしの後頭部に引っ掛けるように手を回す。「うわ、」という驚きの声も出せないままに視界が動いて、優しくぶつかる感覚が脳内を揺らす。



「 こういうことやんけ 」



世界が止まった時にはもう、すばるさんの唇が離れた後だった。








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店長が裏にいる隙の出来事。
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ミガッテ