「あかりーお前今日もう帰ってええぞ」

朝から頭ががんがんする。気はしていた。バイトはどうせ深夜からだし、昼寝をすれば治ると思っていた。それが大きな間違いだったんだ。

「…大丈夫です」
「あほ。大丈夫やないやん」

そんな顔色で接客されても困んねん。と店長に軽く頭をはたかれた。やめてよ店長。頭いたいんだから…

「もうちょいですばる来るから、そしたら帰れ」

いやいや店長、なんですばるさん来る時把握してるんですか…っていう言葉は言うタイミングを逃して消えた。
そうか。今日すばるさん来るのか…化粧のり悪かったしあんまり会いたくないなあ…

「ほれ来た」

来客の音に振り向くと確かにすばるさんがいて、そこでやっとだいぶ体調悪いんだと自覚した。すばるさんに会っても、テンションが上がらないとは。

「よう」
「こんばんは」
「なんや、元気ないやんけ」

「そうですかね、」と答えると店長が「たぶん風邪や」と言った。
あれ、私ばれないように結構しっかり応答したつもりだったんだけどな。

「大丈夫なんか」
「大丈夫です」
「全然大丈夫とちゃうぞこいつ」
「そうなん?」
「すばる、お前持って帰って」
「店長、」
「ええの?ほんならお言葉に甘えて」

そう言ってすばるさんがレジから私を引っ張り出そうとするから店長に助けを求めた。ど、どう反応しろっていうんだ。

「ほんまに送ってもらえ。顔真っ青やぞ」

その店長の口調が意外にも厳しかったから、わたしは思わず頷いていた。


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「いつもこんな時間に帰ってるんか」

道中ですばるさんが口を開く。2人で歩く夜道は新鮮で、本当にゆっくり歩いても2,3分のこの距離がどこまでも続けばいいのに…なんて。

「まあ、そうなりますね」
「危ないやんか」
「…近いし、大丈夫ですよ」
「大丈夫なことあるかい」

ロックを解除してエレベーターに乗る。ああ、こんな幸せなことないのに、頭がぼーっとするから、きっと明日には実感がなくなっちゃってるんだろうなあ。
上って行く階数表示を見つめているとすばるさんがチラリと私を見る。目を合わせるとパッと顔を背けられ、すばるさんは何かに耐えるように細く息を吐き出した。
…そんなにあからさまに体調悪そうだろうか。

「…なんか、すいません」

エレベーターから降りながら謝るとすばるさんが「別にええで、気にすんなや」とゆるく笑った。私がテンション低いからか、すばるさんも少し控えめな態度に思える。

「すばさんがベッドまで連れてったろか」

かと思えばにやにやと肩を抱くすばるさんに「大丈夫です」と返して部屋のドアに鍵を差し込んだ。…全然控えめじゃなかった。

「遠慮せんでも、付きっ切りで看病したるで?」
「結構です」
「汗かいたら治るって言うやん」
「いやそれ意味違いますから…」
「一緒や。俺のテクでササッと意識飛ばして起きたらもうゲンキや」
「…最低だ!」

バシッとすばるさんの肩をたたくと腰に回ったすばるさんの手に軽く引き寄せられて。少しびっくりしてすばるさんの顔を見ると気持ちの読み取れない表情と目が合った。
感じたことのない雰囲気にどきりと心臓が鳴いて、近づいてきた顔に『やばい』と全身の筋肉を強張らせる。
しかし予想とは反して私の鼻先で止まった薄い唇は、ゆっくりと綺麗に弧を描いて少し自嘲気味に笑った。そのまま私の顔を通り過ぎた彼は耳元で「お大事に」と笑い声混じりの言葉を残して私を部屋に押し込んだ。

「え、ちょ、すばるさん…っ」

もうちょっとお話ししたい、のに。
「待って」と言う私の言葉は届かず「おやすみ」という声共にドアは閉められた。





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病人に手は出せません。
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ミガッテ