タイムカードを押して店に出るとちょうど来客の音が鳴った。

「いらっしゃいませー…」

スイッチの入り切ってない挨拶を響かせてカウンターを出る。入ってきたお客さんの方に目をやって、私は動きを止めた。いや、止めざるを得なかった。

「…なんでいるの!」

慌てて近くまで駆け寄って、なんとなく棚の影にその大きな体を隠すように小声で話しかける。

「近くまで寄ったから」
「そうじゃなくて」
「だめやった?」
「だめじゃない、けど…私店舗まで教えてない」
「そうやったっけ」
「そうだよ」

「まあなんでもええやん」と笑った忠義が店内を見回し、その目で下から上へとわたしを見る。

「似合うてるやん、制服」
「あ、ありがと、う…?」
「あかりはピンクは似合わへん思ってたんやけどなあ」

もう一度品定めするように私を見るから恥ずかしくて「で、なにしに来たの」と言った言葉が少し冷たくなった。別に忠義がバイト先に来ることくらいどうってことないんだけどね。いやむしろ親友が会いに来てくれて嬉しいんだけどね。

「あかりに会いに来ただけやんか」
「え、ほんとにそれだけ?」
「おん。近くまでバイクで来てん」
「…そっか!」
「嬉しいやろー」
「うん。わりと普通に嬉しい」
「せやろ」

「あかりはたっちょんのこと大好きやもんなー」といつもの調子で言った忠義の口を慌てて塞いだ。いや大好きだけど!友達としてね!

「店長いるから!誤解を招くようなこと言わないで」
「ええやん。ツバつけとこ」
「ただよし!」

ちらりと見えた店長がこちらを見ていた気がしたから「わたし仕事あるから!」と言ってレジに向かった。その背中に「なんか買うたらあかりの成果になるもんある?」と聞かれて足を止めた。

「バイトだからあらへんか」
「ないよ……あっ」
「ある?」
「カード!」
「カード?」
「うん、新規入会してくれると、嬉しい かも」
「キリンのやつ?」
「そうそう」
「残念やわ、もう持ってる」
「そっか。や、大丈夫だよ」
「おん。まあほんまに顔見に来ただけやから帰るな。もう遅いし」

「頑張ってなー」と頭に手を置いて出て行った忠義を見送って店長に頭を下げた。シフトには余裕で入ってるから咎められることもない、よね。

「レジ頼むわ」

てっきりなにか言われると思ってたのに何も言われずそのまま店長は裏に消えて行った。
若干ニヤついてたけど、半分苦笑いと言った感じ。なんか…いやいいんだけど、拍子抜け、というか…。

「誰や」
「!?」

突然低い声が聞こえて大袈裟なほどに肩が跳ねた。振り向くと殺人鬼のような形相の…すばるさんがいた。

「彼氏か」

びっくりした。気付かなかった。私が入る前から…いたのか、すばるさん。

「彼氏なんか」
「いや違いますよ…」
「なんや…えらい男前やったやんけ」
「だから違いますって、」

眉間にこれでもかと言うほどしわを寄せていつもより幾分か低い声は死ぬほど機嫌の悪いことを示していて……コレ店長わかってたな!

「隠さんくてもええやんか」
「……わたしこの前彼氏いないって言いましたよね?」
「あ?…あー、おん、そうやったな」

思い出したように表情を緩めたすばるさんが少し安堵したように「なんや…」と呟いた。

「お煙草ですか?」
「おん」
「いつものですねー」
「………あ、あと、あれや」
「? なんでしょう?」
「……カード…きりん、の、?」

伺うように上目遣いですばるさんがこっちを見る。こ、これは、さっきの会話を、聞かれてたということでしょうか。いろいろ考えながらすばるさんを見つめていると「あんま見んなや」と吐き捨てて目をそらされた。
…なにこの、目の前の可愛い生き物。

「ありがとうございます」と笑うとすばるさんも笑って、やっぱり深夜のバイトは最高だと思った。





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親友忠義くん登場。

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ミガッテ