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カランと高い音を立てて氷が回る。 グラスを手にとって煽れば薄まったアルコールが物足りなかった。しかし追加を頼むほどでもない。 「なんやめっちゃ女子トイレ混んでたで」 お手洗いから帰ってきた村上くんがベルトの位置を直しながら隣に立つ。見上げると「行かんでもええか?」と聞かれた。 「大丈夫」 「それやったらええけど」 居酒屋みたいな、お好み焼き屋さん。個室になってない掘りごたつ座敷はいい感じに騒がしくて居心地が良かった。 静かな店じゃないほうがいいという私のリクエストに、村上くんのチョイスだ。美味しいし、「食わせたる」とか男前なことを言う村上くんにもそこまで気を使わなくていいお値段みたいだし、最高だ。 「そろそろいくか」 なかなか席に戻らないなと思ったらそんな言葉が降ってきて。見上げるとなんだか呆れたような村上くんの顔。今日は色々弱音を吐いてしまった。その度に叱咤激励してくれたから頭が上がらない。 「…うん」 確かに夜は確実に深くなってはいるけれど、まだ帰りたくない気分だった。声だけで頷いて視線をテーブルに戻す。二つの灰皿には無数の灰と潰された煙草が積み重なっていて。そうか、もうそんな感じか。言われてみれば確かに結構飲んだかもしれない。 もう一度村上くんを見上げる。彼は変わらず私を見ていて、目が合うと突然くしゃっと笑った。 「も〜、そんな顔せんでええねんお前は〜」 私の頭頂部に手を置いて大きく揺らす。右へ左へ揺れる視界に戸惑ってたら動きが止まって、楽しそうに笑う村上くんが「なんや、言うてみい」と顎でしゃくった。 「言う、?」 言うって、何をだろう。まだ乗せられた手で重たい頭をもたげて考えるが彼の言ってる意味がよくわからなかった。なんだろう。えっと、 「ごちそうさま、です?」 小さな声でそう言うとその手で小突かれた。痛い。 「ちゃうわアホ」 貶してるけど、楽しそうな笑顔だ。未だ疑問符を浮かべる私に村上くんが「わからんやっちゃなあ」と呟いた。 「寂しいなら寂しいって、言うたらええやろ」 言ったら、どうしてくれるの。 この後を期待させるような言葉。でもその言葉とは裏腹に彼はハンガーにかけてあった自分の上着を羽織った。 「ほら、はよ」 「…え、と?」 「なんや寂しないんか。もう帰るねんで」 「あ、や…寂しい、です」 「せやろ」 せやろって… なぜか依然楽しそうな村上くんが今度は私の上着をとって、乱暴にも投げてよこした。 「寂しかったら、なんや」 「………?」 「寂しかったら、まだ帰りたないんとちゃうか言うてんねん」 早く着ろと言わんばかりに彼が座敷から降りて靴を履く。 「せやったら“朝まで一緒にいたい”くらい、言うてみろや」 笑う。今日はよく笑う。お酒が入ると彼はよく笑うようになるんだと初めて知った。 「ホテルくらい、連れてったるわ」 あと、お好み焼きを焼くのが異様にうまいってことも 知った。 # 部屋に入るといきなり強く腕を引っ張られた。勢いでバッグを手放す。ばたん とドアの閉まる音の後、勢いのまま唇がぶつかる。 「酒入るとあかんな、扱いがガサツになる」 そのまま放り投げられたベッドの上で彼を見上げた。 お酒入ってなかったら、果たしてもっと優しくできるんだろうか。 間接照明に照らされ上着を脱ぎ捨てた彼がゆっくりと片足をベッドに乗り上げる。 ……どうしてこうなったんだろう。今日は厄日のはずだったのに、最後にこんなどんでん返しがあるなんて聞いてない。 「靴まで脱がされたいんか、お前」 そう笑ってパンプスに手を引っ掛けた。抜き取られた一足がベッドの下へ放り投げられる。ストッキングだけになった足がそわりと涼しくなって違和感に左右をこすり合わせた。 「村上 くん」 肩を押されてシーツに髪が散らばる。自分の靴を脱ぎながら私に跨る彼の名前を思わず呼んだ。 「なんや」 今更イヤや言うても、聞かんからな。 想像もしてなかったアングルからの、彼の少し不機嫌そうな表情がどうにも扇情的で困る。慣れた手つきで私のボタンを外すから私も彼のシャツに手をかけた。 本当に、どうして。どうして私は彼とこんなことになってるんだろう。 お互い脱がし終わらないうちに露わになった私の首筋に彼の顔が埋まった。柔らかい髪の毛が頬を触ってくすぐったい。デコルテに唇が触れるのを感じて身震いする。 目を閉じた。舌を這わせながら器用に脱がせる彼からは煙草の匂いがする。緊張からか無意識のうちに彼のシャツを握っていた。それに気づいた彼がくつくつと喉で笑う。 「そんなビビらんでも、」 彼がふと顔を上げ 私の額にキスをした。 「落ち込んでる時くらい優しく抱いたるわ」 なんなの、この人。 優しくなんて言っておいて、その顔が意地悪で戸惑う。なんだか急に恥ずかしくなって顔をそらすと「あれやな、以外と胸あるんやな」なんて言うから余計に照れた。ムードとか、ないの。 文句の一つでも言ってやろうと再び目を合わせると、それを待ってたかのようにすぐに唇が重なった。 ゆっくりと離れて、薄く開けた彼の目と合う。 「えっろい顔、やなあ」 どこか聞いたことのあるそのセリフは、どちらかというと今は私が言いたい。 再び押し付けられた唇はすぐに啄ばまれ、どこからか彼の手が私の頭の下に回った。抱きしめるように密着したお互いの肌が熱くて溶けそう。 深くなる口付けの苦味が、いつもの彼の煙草の匂いに似てるなあなんて。 長い口付けと雰囲気に飲まれて胸が苦しくて、思わずきつくその腕に縋った。 力を入れると指先の傷が開いて痛かった。 =========== 優しくなんて、抱いてくれない。 back |