「目」にしたのは“この時”が初めてだった。


「伏黒恵君、だよね」


 でも、一目見ただけで充分だった(・・・・・・・・・・・・)
 一目見ただけで「それ」が「誰」であるのか、自分にとって「何」であるのかを理解した。

「君、見える側だし持ってる側でしょ。自分の術式(ちから)にも気づいてるんじゃない?」

 長身痩躯。
 老人のような白髪。
 そして晴れ渡った青い空と同じ色彩(いろ)を持つ、「六」を冠する稀有な(ひとみ)

「禪院家は術式(さいのう)大好き。術式を自覚するのが大体4〜6歳、売買のタイミングとしてはベターだよね」

 「日本三大怨霊」菅原道真を祖先とする、無下限呪術の使い手。



「恵君はさ、君のお父さんが禪院家に対して取っておいた最高のカードだったんだよ」



 ──────「五条悟」と言う名の、“人殺し(・・・)”。







【また今度な】

 少しだけ乱雑に。
 それでもどこか優しさを感じさせる手付きで頭を撫で、そう「約束」してくれたのに。



「強くなってよ。僕に置いて行かれないくらい」



 なのに何故。
 どうして「あの人」を殺したオマエが何食わぬ顔で「その子」の前に現れるのだと、薄れゆく意識と赤く染まっていく視界の中でただただ相手を憎み────────呪った(・・・)









「いや、オマエは結構迂闊な奴だよ」

 もはや自分の部屋、と言っても過言では無いほどに人様のベッドで寛いでいる従姉妹を前に女子生徒は苦虫を噛み潰したかのような顔で(かいな)に抱いた犬型クッションを抱き締める。そこは嘘でも良いから「そんなことはない」と言って欲しかった、とばかりに。
 しかし割とつい最近「それ」を実感、且つ、思い知ったばかりでもあった彼女は従姉妹から下されたその判定に意を唱える事はしなかった。しなかった、が、小さく唸る。おかしい、こんな筈ではなかったのに、と。

「いい加減「前」を見ろ、とは言ったけど、流石に手近で済ませ過ぎだろ」
「や、それとこれとはまた別だったんだけどね……」

 何がどうしてこうなったのか、の部分は説明するまでもないので割愛するが、やっぱり「やっちまった」感は拭えなかった。失敗したなー……と改めて顔を覆いたくもなったが、如何せんもう後の祭り。

 つまるところ“墓穴を掘った自分が悪い”のであった。

「んなことより、」
「んなこと」
「顔出し、今度の水曜なんだろ」
「あー……うん。頗る面倒だけど、刺とパンダに乙骨くん預けてちょっと行って来る」
「叔母さんは?」
「一応伝えてはあるけど普通にスルーだと思う。小言を聞きに行くだけだしね」

 なので勿論『日帰り』である。
 行って用件を済ませたら直ぐ様こっちに戻ってくるつもり、……と言うか、ぶっちゃけ余り本家に長居をしたくはないのだ。何せ彼処は全てにおいて至極“面倒極まりない場所”であるが故に。
 特に「四級術師に甘んじ続けている自身に不満を抱いている者々」や「何かと絡んでくる某従兄妹その1」の相手が割と本気で七面倒臭かったりする。
 まあ前者からの罵詈雑言(せっきょう)はいつも通り右から左へと聞き流せばいいのだが──────問題は後者だ。件の従兄妹その1は存在自体がもう色々とアレなので、うっかり遭遇する前にさっさと東京に帰還してしまいたいのである。

「あ、それはそうと、何か持ってきて欲しい物とかは?ついでに取って来るよ」
「あー、そうだな、なら近接戦に長けたやつを1本。そこそこ刃が厚いやつで、持ち手はこんぐらいあった方が握り易い」
「ふむふむ。要は骨ごと分断するぜ!みたいなやつか」
「呪霊に骨はねぇけどな」
「それじゃ着いたらすぐ忌庫に忍び込んどくよ。直毘人さんにお伺いを立てても良いんだけど、ほら、耳ざとい人たちが訝しむかもだし」
「まあ、オマエ、呪具とか必要ないもんな」
「自分で生成(つく)れちゃうからね。なんなら真希ちゃんにも、と言いたい所なんだけど……私の手から離れると強度がなあ。見た目も真っ黒だし」
「そりゃ素になってんのが「影」だし、その辺は仕方ねーだろ」
「うーん……」

 まだまだ課題(もんだい)が山積みだーと溜め息混じりに犬型クッションに顎を乗せれば、「何にせよ、面倒事には巻き込まれんなよ」などと口にした真希がベッドから降りるなりひらひらと後ろ手を振ってくる。
 どうやら今日は一緒に寝てくれないらしい。現に部屋を出る直前で手土産とばかりに人様のミニ冷蔵庫から炭酸飲料水をくすねて行ったし。

『ってか本家に顔出す位なら真依ちゃんに会いに行きたい……んだけど、会いに行ったら行ったで後から絶対難癖付けられるんだろうなぁ……』

 何たって昔から“そう”なのだ。
 昔から真希と真依の両名に関わろうとすると周りの大人達が挙って苦言を呈してくるのである。それはもう何度も何度も「出来損ないに構う必要はない」「あれらとお前では端から立っている場所が違うのだ」やら何やらと。
 尤も当時の自分は『なに言ってんだコイツら』状態だったので呈された苦言の悉くを無視し続けていたのだけれど────────いつだったかそのせいで(・・・・・)双子(ふたり)がとばっちりを受けてしまった事があるのだ。曰く「立場を分からせるため」だとかで。クソにも程がある。

『ま、今回は日帰りだし、真依ちゃんも忙しいかもだから、また今度でいっか……』

 私のせいで何か遭っても嫌だしね、と一部で絶大な人気を誇るチベスナ顔の犬型クッションを脇に抱えたまま勢いよくベッドへと突っ伏す女子生徒はググッと体を伸ばすなりすぐさま睡眠モードに移行する。今回の「呼び出し」が例に漏れず自身の階級に関するものなら此方も此方で改めて物申しておくか、と心の中で右ストレートを繰り出す準備をしながら。
 それでいて良い感じに意識が微睡み始めたところで彼女は不意に思い出す。そう言えば肝心の乙骨に“まだ何も伝えていなかった”ことを。









「えっ」

 まるで“この世の終わり”とばかりに身体を強張らせているが、半日ほど東京を離れるだけである。
 だから行ったその日に普通に帰ってくるよ、と続ければ、女子生徒の尻に敷かれていた乙骨があからさまに胸を撫で下ろしたのが解った。でもって彼女を背中に乗せたまま日課となっている腕立て伏せを再開させると数秒ほど思考を巡らせた後に「えっと……」、と口を開く。

「その……そう言う呼び出しって、よくあることなの?」
「私が推薦を蹴った時に割とね。情報が共有されてるから」
「じゃあその度に京都に帰ってるの?!」
「まさか。5回に3回の割合で無視してる」
「結構無視してる……」
「そりゃ毎度毎度同じことを言われるだけだし」
「…………小翳ちゃんは四級術師のままがいいの?」
「私自身の階級は割とどうでも。ただ周りが五月蝿くてね。だったら、って感じで条件を出したんだよ。「真希ちゃんを順当に評価しない限り私も推薦を蹴り続けるから」、って」

 なのに禪院家は一向に禪院真希の実力を認めようとはしないのだ。
 それどころか『昇級させてやっても良いのでは?』と言う考えの呪術師を裏で制している節がある。と言うか、確実に裏で手を回している。
 何分、証拠はなくても確信はあるのだ、その一族の出であるが故に。

「そんな訳で、その日は棘のサポートに回ってもらうから。棘とはもう意志疎通も出来るだろうし、問題ないでしょ?」
「うん……」
「?不安ならパンダもオマケで付けようか」
「え?」
「いや、不安そうにしてるから」
「……あっ、違、狗巻君との任務が不安だとか、そう言うんじゃなくて……!」
「……?」
「……その……」
「……ハッキリしない人間はあんまし好きくないなー」
「!」

 んで?乙骨くんは何がご不満なの?
 「怒らないから言ってみ」などと軽い口調でそう促せば女子生徒の尻に敷かれたままの乙骨が徐に動きを止め、暫しの逡巡後、ポツリと一言。

「呪術高専に来てからずっと小翳ちゃんと一緒だったから……半日だけだって解ってても、その、小翳ちゃんに会えないのは、やっぱり、少し寂しいなって……」
「……………………まあ、うん、確かにそこそこ一緒に…………そこそこ…………や、そこそこってレベルじゃないな…………?」

 そんなに一緒に居たっけ?、と言う疑問と共に何気なく過去を振り返ってみると、確かに乙骨の言う通りだった。
 あの巫山戯た担任教師に「お目付役」とやらを押し付けられてからと言うもの、禪院小翳は“いつ如何なる時も常に乙骨憂太の傍に在ったのだ”。
 しかも彼と交わした「制約」と「誓約」を思い出す以前からそうであった辺り『我ながら面倒見が良いな』、だなんて自画自賛(かんしん)すらしてしまう女子生徒であった。

「……あ」
「?」
「もし小翳ちゃんさえ良ければ、帰ってくる時間帯に駅まで迎えに行ったりとかって…………しちゃ、駄目、かな?」
「それは別に構わないけど……んー、でも、何時になるか解んないし、もし遅い時間帯とかになっちゃったら」
「だったら尚のこと迎えにいくよ!」
「おわっ」

 遅い時間帯になるかも、と告げた途端に乙骨が勢いよく上体を起こすものだから彼の背中に乗っていた女子生徒が物の見事に転がり落ちそうになる。
 ────が、意外にもすってんころりんとはならなかった。
 何故かと言えば、背中から落ち掛けた瞬間に件の女子生徒が素早く乙骨の脇腹に脚を引っ掛けて器用にそれを回避したのである。
 次いで何事もなかったかのようにして仰け反り掛けた身体を起こすと、「ご、ごめん」、と言う乙骨の謝罪を耳にしながら何とも不思議そうに相手を見下ろすのだった。

「ほ、ほら、女の子の夜道の一人歩きは危ないし」
「なるほど、妥当な理由だ」
「それに、その、」
「うん?」

「い、一応、僕たち、こっ、こいびと同士、に、なったわけだから……!」

 “折角なら恋人として(・・・・・)小翳ちゃんを迎えに行きたいな、って”。
 ──────……と、まあ、そのようなことを頬を赤らめながら言われてしまっては流石の女子生徒も口を閉ざすしかなかった。でもって軽々(けいけい)と墓穴を掘った過去の自分を脳内で何度も殴り飛ばしながら、ポソッ、と呟く。

「えー…………と、乙骨くん」
「?」
「私が“あの時”言ったこと、覚えて……ます、かね」
「うん、勿論忘れてなんかないよ」

 お付き合いをするにあたっての注意事項その一。
 『禪院小翳は今もなお故人を想い続けている為、乙骨憂太に「友愛」以上の感情を抱けるか(どう)かは保証しない(出来ない)ものとする』。
 お付き合いをするにあたっての注意事項その二。
 『上記を踏まえ、祈本里香の解呪に至るまでに禪院小翳の気持ちに変化が見受けられなければ即時この関係を無かったものとする』。
 お付き合いをするにあたっての注意事項その三。
 『因みに恋人同士がするであろう行為をしたい場合はその都度「確認」すること。一考します』。以上。

「まずは小翳ちゃんに意識して貰えるような格好良い男にならなくちゃ」

 そう言って改めて己を奮起させる乙骨ではあったものの、その頭上では件の禪院小翳がこれでもかとばかりに明後日の方向を眺めていた。この期に及んで『まあでも相手は乙骨くんだし頼めばワンチャン無かったことに出来そう』だなんて甘い考えを抱いていたからである。意外と往生際が悪いらしい。

『……いや……まあ……結局は乙骨くんらを「幸せ」にしなくちゃいけない訳だから……これはこれで……うん……』

 そんな風に半ば無理やり自分自身を納得させる女子生徒は相手に気付かれぬよう静かに長い溜め息を吐き出すと──────次の瞬間には“取り敢えず清く正しい男女交際とやらを始めてみるか”、と、覚悟を決める。
 “縛り”がある以上どうしたって乙骨とは切っても切れぬ関係性になってしまっているのだから、と。


 それに(・・・)


(…………何だかんだで「前」に踏み出す良い機会かもしれないし)


 とは言え心配事(ふあん)は尽きないのだけれど。
 そもそも『清く正しい男女交際』、とは、これ如何に?











「小翳ちゃん、「眼」だけは頗るええ癖に、なんで目ン玉腐っとるん?」



 後日。
 恐らく人生初の壁ドンならぬ足ドン、しかも障子戸を蹴破られる付きを食らった禪院小翳は死んだ魚のような目で眼前の従兄弟その1を見上げると──────『この人いつか本気で痛い目に遭わないかな』、などと、それはそれは切実に相手の不幸を願うのであった。


















【恋する乙骨憂太と同級生の話3】

21.09.09