端的に言うと禪院家は『クズ』の見本市である。
 何故なら「あっちを向いてもクズ」「こっちを向いてもクズ」、と言った具合に、それはそれは至る所でありとあらゆるクズを発見することが出来るからだ。最早この世全てのクズが一ヵ所に集まっている、と言っても過言ではない。世も末。
 因みにそんな禪院家を束ねる現当主、禪院直毘人は絵に描いたようなクズ────────では無かった(・・・・)
 言うなれば『クソ』。そう、クソ爺だ。
 現に情けもなければ容赦もなく、お人好しでも無ければ人格者でもないときた。
 此方に厳しい試練を与えるだけ与えた後はそ知らぬ顔で放置し、ふとした瞬間にそれを思い出しては何かのついでとばかりに笑いながら試練達成の妨害(じゃま)をしてくる中々にくそったれな人物。……ではあるのだけれど。

「そんな訳で真希ちゃんを三級……いやスパッと二級に昇級させちゃいましょうよ、直毘人さん」
「開口一番に真希のプレゼンをする辺り何も変わっとらんようだな」

 意外や意外、クズの見本市でもある禪院家において、当主たる彼だけが従姉妹を一個人(ひと)として認識していた。
 周囲の者々が頭ごなしに彼女を、彼女()を否定する中、禪院直毘人だけは唯一“挑戦すること”を許可(ゆる)し、チャンスを与えたのである。まぁ道程は途方もないのだけれど。
 故にクソではあってもクズではない直毘人のことを『まだマシな方』だと判断(おも)っている禪院小翳は今日も今日とて(帰省した際の恒例行事でもある)従姉妹のプレゼンテーションに精を出すのであった。

「逆に聞きますけど、真希ちゃんの何がそんなに駄目なんです?呪具を使えば問題なく呪霊を祓える訳だし、そこらの二級・三級術師よりよっぽど腕が立つと思うんですけど。真希ちゃんの身体能力の高さを知らない訳じゃないでしょう?」
「既に自分自身で答えを出しとるのに俺に聞く必要はあるのか?」
「はー??私の答えは至って“問題なし”ですが??」
「呪具を使えば問題なく呪霊を祓える。つまり“呪具が無ければ相変わらず何も出来ん”、と、自分でそう答えを出しとるだろうが」
「もぉおー……!!直毘人さんはそうやっていつも揚げ足を取るから嫌なんですよー!そんなんじゃいつか罰が当たりますからね!」
「ほう、罸ときたか。例えば?」
「たっ、例えば…………例えば、ほら、あれだ、直毘人さんの代で禪院家が潰えたり?」
「ハッ!」

 自分で口にしておきながら罰が当たる、の「罸」部分を一切考えていなかった為に小首を傾げながら適当にそう返すと、上座に座っていた直毘人が膝を叩くなり豪快に笑い出す。でもって当たり前のように日本酒の入った瓢箪型の酒瓶を呷り始めるものだから相手と向き合う形で座していた少女が露骨な溜め息を吐き出し、一拍の(のち)、「……でも、まあ、」と続ける。

「直毘人さんが真希ちゃんを追い出してくれたからこそ、こうやって今一緒に高専に通えてる訳なので、その辺りに関してだけはちゃんと感謝してたりします」
「その割に感謝とは程遠い顔をしとるな」
「そりゃ何回もしつこく呼び出すからですよ。「真希ちゃんを順当に評価さえしてくれれば私も甘んじて推薦を受け入れる」、って再三言ってるのに」
「順当に評価したからこその四級だとは思わんのか」
「順当に評価したら真希ちゃんだって三級は確実でしょうよ。真依ちゃんが三級になったの知らないとでも思ってんですか」
「ほう、真依は三級に上がってたか」
「そう言うところですよ、直毘人さん」

 確かにクズではないのかもしれないが“そう言うところ”がクソなのだ。曲がりなりにも禪院家(みうち)の話なのだから真依の昇級の件は疾うに耳に入っていただろうに。

『関心がない。興味がない。ってのは、一見すると、まぁ酷いことのように思えるんだろうけど、真希ちゃん達にとっては“そうじゃない”ってのが、また何とも……』

 だって、この場合の「救い」は正に“それ”であったから。
 皮肉にも当主である直毘人が二人に関心も興味も抱かなかったから、だから双子(ふたり)は自由になることが出来たのだ。だから禪院家を出ることが出来たのだ。
 例え血を分けた実の両親が反対しようと、当主の決定は絶対であり意を唱えることは許されなかったから。

「……私、これでも直毘人さんのこと嫌ってはないんで、これ以上クソっぷりに拍車を掛けたりはしないで下さいね」
「オマエこそ真希に影響され過ぎてるのを自覚すべきだな。この一年で大分口汚くなっとるぞ」
「今は直毘人さんと私だけなんで取り繕う必要も空気を読む必要もないじゃないですか。そもそも良い子ちゃんにしてたって直毘人さん、私のお願い聞いてくれないでしょう?」

「オマエが領域を会得してたら叶えてやらんこともないぞ」

 真希の昇級だったか──────だなんて台詞に僅かながらにも反応しかける少女だったものの、すぐに(かぶり)を振る。「しがない四級術師に「それ」は期待しすぎですよ」、と。
 だが直毘人にとってはその僅かな逡巡だけで十分だった(・・・・・・・・・・・・・・・)のであろう。
 どことなく確信を得たような表情でほくそ笑む相手を見て『あ、今回の呼び出しは端から“これ”が目的だったな』、と眉を顰める少女は救いようがない己の迂闊さっぷりに小さく舌を鳴らす。何分、直毘人にだけは知られたくなかったのだ。

「…………や、この際だから先に言っときますけど、未完成も未完成ですよ。ちゃんとした形にすらなってませんし」
「だろうな。だが何れは形になる。時間の問題だろうよ」
「いやいやいやいや。むりむりむりむり。私にそんなやる気があるとお思いで?」
「領域を完成させられれば今度こそ五条悟を殺せるかもしれんのにか?」
「それはもう諦めてます」
「っはー……つまらん奴め」

 言うが早いか、もう用件は済んだとばかりに此方をしっしっと追い払ってくる直毘人であったが故に「まじで来なきゃ良かった」とぼやく少女は重い腰を上げるなり挨拶もそこそこに踵を返す。次いで一切後ろ髪を引かれることなく部屋を後にしようとしたところで──────────ふと思い留る。

 そう言えば、と、思い出すことがあったのだ。




「そうそう直毘人さん。ちょっとした報告なんですけど、」
「?」

「私、つい最近「恋人」が出来ましてね。つきましては今後の呼び出しを出来るだけ控えて頂きたいんですが」




 その辺、上手いこと取り計らってくれませんかね?








 だってほら、何事も付き合い始めが肝心(・・・・・・・・・・・・)、って言うし。









「相変わらず背丈ばっか伸びて乳は全く育ってへんね、小翳ちゃん」

 日頃の行いが悪いわけでもないのに運に見放された禪院小翳だった。
 まあ単純にツイてないだけかもしれないが。或いは悪日(やくび)だったのかもしれない。

「………………………………こんにちは、直哉さん。それでは失礼します」
「久し振りに会うたんやからもうちょい取り繕うても罰は当たらへんやろ」

 いや現在進行形で罰が当たってるんだよ、とは流石に言えない少女は自身の瞳から急激に光が無くなっていくのを感じつつ仕方なしに目の前の人物へと視線を投げ掛ける。
 相も変わらず他者(ひと)を小馬鹿にしたような笑みを張り付けている目の前の従兄弟その1こと禪院直哉は、此方の動きを察してなのか(・・・・・・・・・・・・)絶妙な位置取りで廊下(しんろ)を塞いでいた。ハッキリ言ってかなり邪魔だ。何せ此方が然り気無く右に動こうものなら即座に身体を傾かせて行き先を遮ってくるし。

「……そうは言っても別に積もる話なんて何も無いじゃないですか」
「つれへんなぁ、昔はもうちょい可愛げがあったのに」
「そうですか。直哉さんは昔から直哉さんのままですけどね。残念なことに」
「残念なんは真希ちゃんの可愛げのなさが移った小翳ちゃんの方やと思うんやけど。どうせやったら真希ちゃんやのうて真依ちゃんの方に影響受けたら良かったのに」
「────は?」
「だって真依ちゃんは“自分の立場”っちゅうもんをよく理解しとるやろ?表立って逆らったりもせえへんし。なのに真希ちゃんは真依ちゃんと違うて身の程を弁えてへん、」

「急いでるんで通して貰っても良いでしょうか」

 地べたを這いずり回りながら背中を刺されて死ねば良いのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 などと、それはそれは物騒極まりないことを内心で考えつつ律儀に断りを入れてから歩み出そうとする少女だったものの──────────案の定邪魔が入った。相手の横を通り過ぎようとした際に音もなく手首を掴まれたのである。
 なので『気安く触んな』、と言う意思を込めて従兄弟その1を軽く()め付ける少女であったのだが、如何せん件の相手は“どこまでもクソ野郎であった”。
 何故なら、隠しきれなかった此方の憤りを汲み取るなりそれはもうニヤニヤと笑みを溢し始めたのだから。ほんと死ねば良いのに。

「別にそない急いで帰らんでもええやろ。四級呪術師(ていへん)に任される任務(しごと)なんて高が知れとるんやし」

 “それとも漸く真希ちゃん(のうなし)と一緒であることを止めたん?”
 どことなく挑発めいた口調でそのような事を尋ねてくる直哉であったが故に「このクズの擬人化め」、などと思わず術式を発動し掛ける少女ではあったものの、不意に新幹線の時刻を思い出しては何とかそれを寸前で抑え込む。
 相手をするだけ時間の無駄だと自身を無理やり落ち着かせることにしたのだ。何分こう言った『うざ絡み』は今に始まったことではないので。

「……任務も勿論そうですけど、普通に人を待たせてるんですよ」
「待たせとる言うたって別に京都(こっち)に来とる訳やないんやろ?」
「それは、まあ、そうですけど……」
「なら何の問題もないやん」
「でも向こうに着く時間帯にわざわざ迎えに来てくれるそうなので、こっちも出来るだけ早めに着いておきたいと言うか、無駄に待たせたくないと言うか……」
「そらまた殊勝な心がけで。小翳ちゃんらしゅうない」
「……取り敢えずそろそろ手を離して頂きたいんですが」
「話の流れから推測するに補助監督でも無いんやろ、そいつ。誰なん?」
「…………」
「聞いとるんやから答えろや」
「……………………恋人です」
「なんて?」
「いや、だから、「恋人」です」

「──────────────────────────は?」

 瞬間、なに言ってんだコイツ、と言わんばかりの表情で此方を見下ろしてくる直哉であった。頭沸いとるんか、とでも言いたげな眼差しである。尤も気持ちは分からなくもないので何も言いはしないが。
 実際、当の少女ですら「こい……びと……?」と首を捻り掛ける時があるくらいだし。

「…………なんや、小翳ちゃん、そう言う冗談も言えるようになったん?」
「我ながら嘘臭いなとは思いますが、事実です」
「…………は?」
「恋人が出来ました」
「恋人?」
「はい」
「小翳ちゃんに?」
「はい」
「甚爾くんのことしか眼中にない小翳ちゃんに、恋人(・・)?」
「その辺も一応しっかりと説明した上での交際です」

 そして“それでも良いよ”、と頷き、心底嬉しそうに微笑(わら)って見せたのが乙骨憂太と言う名の少年であった。

「急いでる理由がお分かり頂けましたかね?ならいい加減、」

 手を離してくれませんか、と口にし掛けたところで、少女のすぐ真後ろから突如として盛大な破壊音が響き渡った(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 次いで部屋の中にあった細々としたものを豪快に巻き込みながら奥の襖にまで吹っ飛んで行く障子戸を見て、「えぇ……」、と言う声を漏らす少女はドン引いた様子のまま目の前の人物を見上げる。
 どうしてだか急に障子戸を蹴破り、何故だか此方に壁ドンならぬ足ドンをしてみせた禪院直哉のことを。
 それはもう死んだ魚のような目で謎の凶行に走った相手を見上げては────────出会い頭にすぐにでも逃げ出さなかった自分自身をやっぱり呪うこととなる禪院小翳だった。





「せや、小翳ちゃん。久し振りに会うたんやし、少し遊ぼか(・・・・・)





 ────────俺との鬼事、好きやったやろ?









「そう言えば小翳のやつ、帰って来て早々筆頭に絡まれたんだってな」
「らしいな。確か今も強制的に鬼事に付き合わされてんだろ?」
「本当ならとっくに帰ってた筈なのにな。何だかんだで3日目突入か」
「いつもだったら隙を突いてさっさと逃げ出すのに今回はやけに長引いてるよな」
「それな。鬼事で筆頭に勝てた試しがねぇのに」
「じゃあ何でまだ律儀に付き合ってんだ?」
「どうせ真希真依を引き合いに出されたんだろ。じゃなきゃあの小翳が筆頭のうざ絡みに付き合うはずがねぇし」
「真希真依以外の奴は心底どうでもいいって頭だからな、アイツ」
「確かに俺らのことも認識してんのかしてねぇのか」
「いや認識なんかしてねぇだろ。躯倶留隊の雑魚その1その2程度にしか思ってねぇよ」
「でも年上(オレら)に敬語使ってくれるだけマシじゃね?蘭太ほどじゃねぇけど」
「まあどうでもいい存在だってことには変わりねぇしな」
「つか筆頭も筆頭だよなー。今時小学生でもあんな絡み方しねぇだろ」
「あー……小翳に彼氏だか恋人だかが出来たんだっけか」
「そうそう。一応どんな奴か聞き出そうとしてたみてぇだけど小翳が頑なに口を割らないらしい」
「そりゃ相手が筆頭だからな」
「俺だって筆頭には話したくねえ」
「小翳の気持ちは痛いほど分かる」
「……しかし筆頭もアレで無自覚だってんだから手に負えねぇよ」
「今回のも「すぐ近くに相伝の術式を受け継いだパーフェクトな男が居んのに何で何処の馬の骨とも知れねぇ奴を選んでんだよ」、って感情から来る嫌がらせだしな」
「でも自覚しちまったら余計に面倒臭くなるだろ。今ですらアレなんだから」
「………………」
「………………」
「………………」
「……まあ」
「……うん」
「……結局はあれだよな」

「クズだよな」
「うんこだよな」
「うんこクズだよな」



『『『あれが当主になったらこれまで以上にゴミカス扱いされんだろうなー……』』』









 あっちでもない。
 こっちでもない。
 あ、行きすぎたかも、を繰り返し、とある少年はキョロキョロと辺りを見回しながら目的の場所に向かってただひたすらと歩き続ける。
 無論文明の利器たる端末(スマホ)の地図アプリと照らし合わせながらの進行ではあったのだが、不思議も不思議、何故かどんなに気を付けていても途中で必ず道を逸れてしまう少年であった。……まあ歩を進める度に周辺の景色に目を奪われていたので結果としては不思議でも何でもないのだが。
 あと単純に「ここ」はそう言う土地柄でもある為、この地に慣れていない者が道に迷うのは至極当然とも言えた。

「えーと、確かこの道を真っ直ぐ行って、右に曲がった所にあるのが“そう”だって……」

 時折道行く人々に道案内をして貰いながらも、何とか目的地にまで歩を進めることが出来た少年は長く続く門壁に沿う形で角を曲がる。
 そして徐々に徐々に逸っていく心臓を落ち着かせつつ、厳かな雰囲気と一目見ただけでも分かる広大な土地と敷地面積を誇る屋敷(いえ)を視界に入れるなり────────「どうしよう(・・・・・)」、と。それはそれは見るからに困り果てた様子で辺りを右往左往とし始めるのであった。

「ま、真希さん、「全然大したこと無い」って言ってたのに…………ど、どうしよう、やっぱり1個だけじゃ足りない気がする」

 “お土産”、と、片手に携えた紙袋を心許無さそうに掲げる少年は焦りを滲ませつつ即座に『今からでも追加で何か購入してくるか?』と思考を巡らす。
 しかしこの地で買ったものをこの地に住む人に手土産として渡すのはどうなのだろう、と言う気持ちにもなり、常日頃から下がり気味な眉を更にへにょりと下げては「うーん……」と小さく唸り出す。一応それなりの個数が入った物を手土産として選んだのだが──────……うん、矢張りどう考えても足りない気がする。この規模の家に手土産一つでは明らかに少なすぎだ。
 それでなくとも連絡の無い一方的な訪問なのだから『せめて手土産くらいは人数分を』、と考える少年は後ろ髪を引かれながらも慌てた様子で来た道を戻っていく。


 その際も変わらず音信不通となっている「恋人」の安否を気に掛けながら。








『迎えに来た、って言ったら、小翳ちゃん、きっと驚くだろうなぁ……』




















【恋する乙骨憂太と同級生の話4】

22.02.12