「じゃ、この子の名前よろしくね。甚爾くん」

 禪院甚爾改め伏黒甚爾にとって目の前の女は少々特別な存在だった。
 関係性は叔母と甥ながら感覚としては姉と弟、と言った方がしっくりと来る。恐らく年齢(とし)が近いせいだろう。
 それに誰からも人間(ひと)として扱われてこなかった甚爾相手に幼少期から何の偏見も差別もなく接してきてくれた稀少な存在、と言うこともあって、彼女の存在は彼にとってある種の『救い』にもなっていた。
 現にこうして禪院家(いえ)を出た後も唯一まともに連絡を取り合い、いざとなれば即座に駆け付けられる距離を保ち続けているくらいだ。それだけで如何に「彼女」が伏黒甚爾にとって優先順位の高い人間であるかが窺い知れよう。
 そんな訳で、例えどんなに下らない用件(ないよう)であったとしても叔母(あね)からの呼び出しには出来るだけ応じるようにしている伏黒甚爾ではあるのだが────────────なんだコレ(・・・・・)


 どこからどう見ても生まれたての子供だった。


 おくるみに包まれた、まだ首も据わっていない乳飲み子である。
 性別なんて一目見ただけでは判断も付かない。第一印象は「猿」一択だ。
 しかも「はいどうぞ」、だなんて、まるで手土産を渡してくるかのような軽妙さで件の赤ん坊を腕の中に押し付けてくるものだから流石の甚爾とてらしくもなく身体を強張らせてしまう。
 何せそれほどまでに(かいな)に抱いた赤子は小さく、柔く、未知の生命体だったのだ。

「生まれてきたこの子(・・・)を見たらね、不思議と「あー、この子は甚爾くんの為の子だな」って思ったの。だから甚爾くんが名付け親に相応しいかなって」

 見た目はゆるふわも良いところなのに相変わらずぶっ飛んだ思考回路の持ち主だった。
 流石は結納直前に姿を眩まし、何食わぬ顔で何処の馬の骨とも知らぬ人間(おとこ)の子を腹に宿して戻ってきた女だ。良い感じのイカれ具合である。

「それにほら、どうせ甚爾くんも近くパパになるんだし、名付けの練習にもなって良いでしょ?」

 腹を痛めて産んだ割に我が子の扱いが(ぞんざい)だった。
 愛情が無い訳では無いのだろうが、それにしたって色々と雑すぎる。
 練習台にされてんぞオマエ、と言う呆れと共に押し付けられた赤ん坊にチラリと視線を寄越せば眠っていた筈の彼ないし彼女と目が合った。それはもうバッチリと。
 故に、一瞬、身構える。
 泣かれると思ったのだ。自分にとって赤ん坊が未知の生命体であるのと同時に、赤ん坊からしても己は未知の生命体であろうと。

 なのに泣かなかった(・・・・・・)

 彼ないし彼女、「因みに女の子ね」、……“彼女”は甚爾を見ても一切泣くことはなかった。
 それどころかジッと「彼」を見ていた。ずっと見詰め続けていた。
 だからであろうか、そこで妙な違和感に気付いた甚爾は少しだけ眉を(ひそ)めると率直に目の前の叔母(あね)へと問いかける。「これ(・・)、どーした」、と。

「あ、それ(・・)?十中八九「父親」の方の遺伝だと思うの。やけに幸薄そうな美青年だったんだけど、「眼」だけは頗る良くてね。「六眼」と比べちゃうと流石にアレだけど、割と良いものを譲ってくれたんじゃないかな〜?」

 まあもう死んじゃってるかもしれないんだけどね。
 あっけらかんとした態度で子種の提供者たる男の死を語る叔母(あね)に甚爾はこれと言った反応を示さなかったが、納得は行ったらしく、「なるほどな」、と呟く。
 確かに「これ」は「六眼」のそれとは似て異なるものだ。過去に一度だけ「六眼」を目にした事のある甚爾だからこそ、“そう”だと断言出来る。
 しかし「これ」は「これ」で質の良い置き土産であることもまた紛れもない事実であった。
 まさかとは思うが、この「眼」欲しさに件の提供者とやらを誑かしたのだろうか?
 だとしたら引っ掛かった男は余りにも愚か、……否、憐れとしか言いようがない。こう言った代物は一家相伝のものであろうに。何とも迂闊すぎる。

「ところで甚爾くん、この子の名前、何にした?」

 そんなことより、とばかりに話が元に戻された。
 どうやら父親だった男の置き土産より赤ん坊の名前の方が優先度が高いらしい。
 出生届に書かなきゃならないからさ、と陽気に話す叔母(あね)は本気で甚爾に名付け親になって貰いたいようだ。
 「名前」と言うものは一生物で、下手をしたら呪いにもなりかねないと言うのに。

「別にそんな気負わなくたって良いんだよ?さっきも言った通り、この子はさ、甚爾くんの為に生まれてきたような子で、多分一生、キミの味方で居てくれる子だと思うから」

 だから甚爾くんが決めた名前なら何だって受け入れてくれる筈だよ。
 指先で我が子の頬を優しく突きながらそんなことを述べてくる叔母(あね)であった為に黙って耳を傾けていた甚爾が堪らず「なんだそれ」、と漏らす。
 また『何を根拠にそんなこと言ってんだ』、と、露骨に顔を歪ませながら溜め息を吐き出せば、不意に甚爾と目が合ったらしい名もなき赤ん坊が途端にきゃっきゃっと笑い出す。それでいて彼に向かって小さな手を一心に伸ばし始めるものだから虚を突かれた甚爾は思わず目を見開かし、キラキラとした輝きを放つその穢れなき(まなこ)を前に────────────漠然と納得する(・・・・)。ああ、確かに、と。




【この子はさ、甚爾くんの為に生まれてきたような子で、】




 根拠なんてものは依然としてありはしないのに。
 それなのに不思議と“そう”思った、“そう思わされた”のは、




【多分一生、キミの味方で居てくれる子だと思うから】




 この「眼」だけは例え何があろうとも「伏黒甚爾(じぶん)」と言う透明人間(そんざい)を見付け出すのだろうな、と、理解させられて(きづいて)しまったから。







「──────ついてねぇな、オマエ。俺なんかに名付けら(のろわ)れるなんて」











 「意味」は知らない。
 籠められた「想い」も知らない。

 けれど“それで良い”と思っていた。


 だって「それ」は、名付けた男だけが知っていれば良いことだから。









「“小翳”」











 終わったぞ、と言う簡素な一言を耳にしたことで畳の上にうつ伏せていた一人の少女が芋虫の如くモゾモゾと動き出す。
 その傍らでは今正に相手の背中に塗ってやっていたであろう軟膏を片付けている年若い青年の姿があり、名を蘭太と言う分家筋の男はすぐ隣で上体を起こした身内の口から「マジで今すぐ禿げるかくたばって欲しい」、だなんて台詞が紡ぎ出されたのを耳にするなりそれはもう何とも解りやすく息を()いた。
 聞いていたのが自分だったから良かったものを、とでも言いたげに。

「オマエ……直哉さんに期待されていることの一体何がそんなに不満なんだ?」
「それ本気で聞いてるんだとしたら失笑もんですよ」

 あの男に認められたところで一銭の価値も無いんだわ。
 背中と腹部に幾つもの青痣を作った少女は、近くに脱ぎ捨てていたキャミソールを手に取るなり鈍痛を堪えながらさっさと上半身を覆い始める。身内相手とは言え、いつまでも下着姿を晒しておきたくはなかったのだ。
 それは恥じらいによるもの、と言うよりかは、着替え中だろうが何だろうが気にせず人様の部屋に足を踏み入れてくるデリカシーの欠片もないクソ野郎への対処でもあった(何せこの家にはプライバシーなんてものは存在しないのである)。

「直哉さんは小翳を「炳」に入れたがってる。オマエの実力を誰よりも認めてるからだ。それなのに何でオマエはいつまで経っても本気を出さないんだ?」
「四六時中こき下ろせる下僕が欲しい、の間違いでは?? あと私の実力は徹頭徹尾こんなもんですが」
「小翳の術式なら直哉さんを近付けさせないことくらい簡単に出来るだろ。なのにそれすらもしないから直哉さんも……その、少しやり過ぎる傾向にある、んだと思う」
「言い淀む辺り“少し”とは思ってない説」

 まあ確かに術式を使えば相手を近付けさせなくすることは可能なのだが。
 それどころか向こうを拘束する手段もあるにはあったりするのだが──────────その辺は敢えて避けていたりする。そう、敢えて(・・・)
 つまり蘭太の推察通り、禪院小翳は“わざと”必要最低限の更に下の力で相手と対峙しているのだ。だからフルボッコ状態なのも自業自得と言えば自業自得なのである。腹立たしい事この上ないが。

『どんなに痛め付けようと自分達の前ではまともに術式(ちから)を使おうとしない、って分かれば普通は興味を失うだろうに…………何だってあんなしつこいんだ、あの人』

 特別一級呪術師の癖にそんなに暇を持て余してるのか、と心の中で悪態を吐きまくる少女は禪院家の誰もが察しつつある相手の七面倒臭い感情にこれっぽっちも気付いていないようであった。恐らく件の相手が自分にとって何処までも「論外の男」であるからであろう。
 それに当の論外男も論外男で自分自身の捻れに捻れた恋心に未だ気付かないものだから余計に想像することが出来ないのだと思う。
 禪院小翳に対する禪院直哉の行動は全て“好きな子を振り向かせたい”、と言う一心から来る行為であると。

「────お、小翳はっけーん。相変わらず良い感じにボコられた後っぽいな」
「ボコられるのに良い感じも何も無いと思うんですが??」
「信朗さん。小翳に何か用ですか?」

「おーよ。っつっても俺じゃねーんだけど」

 足音一つ立てずに蘭太と少女の居る部屋を訪れたのは術式を持たずに生まれた禪院家男児が入隊を義務付けられている「躯倶留隊」と言う組織の隊長こと禪院信朗で、己が得物たる一振の刀を腰に帯刀した彼は何故かその手に貰い物と思しき菓子折りを持って二人の前に登場したのだった。
 しかもよくよく見てみると一箱ではなく二箱。十二個入りなので計二十四個ときた。
 まさか独り占めしたい程にその「ばな奈」と書かれたカスタード入りのスポンジケーキを食べたかったのだろうか?

「はるばる東京からお友達が来てんぞ」
「は?」
「いや、だから、お友達」
「…………」
「えっ、なに、オマエ、東京に友達いねーの?だとしたらびっくらポンなんだが」
「ちょっと考えを巡らせてる間に可哀想な子を見るような目で見てくんの止めて貰って良いですか」

 ついでに蘭太も気遣うような視線をこっちに向けてくんな、と音の無い舌打ちをしたところで少女の思考が今一度その「お友達」とやらに戻される。尤も自信を持って「友達!」、と称せる人間なんて片手で数えられる程しか居ないのだが。

『友達、って時点で真希ちゃんじゃないし、パンダなら「パンダが来た」って言うよね。なら棘か。…………うん、棘だな。んで、十中八九、乙骨くん関連で私に会いに来た、んだと思う』

 じゃなきゃわざわざ京都にまで来る筈がないし。
 どうやらあの暇人(クズ)に連絡手段を奪われてしまったことで数少ない友人に多大なる迷惑を掛けてしまったようだ。単独で指名も受けると言うそれなりに忙しい身の上なのに全く以て申し訳ないことをしてしまった。
 お詫びとして帰りの弁当代及び新幹線代は此方が受け持とう。後でしっかり禪院家に請求書を送り付けておくのでいっそのこと京都で豪遊してから帰る、と言うのも有りかもしれない。
 だってそれに値するだけの手間を掛けさせてしまった訳だし。

「わざわざ迎えに来た、ってことは何か遭ったんだと思うのでいい加減帰ります。棘は客間ですか?」
「あん?あの人の良さそうな坊主、見た目に反してそんな刺々しい名前だったのか」
「?信朗さん、狗巻家って知りませんでしたっけ。ほら呪言師の。「棘」って名前、私はピッタリだなって割と気に入ってるんですけど──……」
「むしろ呪術師で狗巻家を知らない奴なんて居んのかね。じゃなくて、今のはあの坊主が“そう”だとは思わなかったって話だよ。普通に喋ってたし」

「………………………………………………はい?」

 普通に( ・・・)
 喋っていた(・・・・・)
 おにぎりの具しか語彙の無い(・・・・・・・・・・・・・)あの狗巻棘が(・・・・・・)

『い──────や、いやいやいや、』

 だとしたら“それ”は「狗巻棘」ではない。
 絶対に、まず間違いなく、狗巻棘以外の別の「誰か」だ────────と、内心でそのように断言したところで、禪院小翳は今更ながらに気付く。
 自分自身が無意識の内に選択肢から外していた“もう一つの可能性”に。

『────は?
 えっ、ま、待て待て待て、流石に、流石に、ねぇ?
 流石に“京都にまで迎えに来る”、とか、そんなこと、
 ……………………、…………あり得、そう、だなぁ……』

 いや、でも、
 幾ら保留中とは言え、完全秘匿死刑が決まった人間が一人で自由に出歩いて良い筈がない。────以前に、出歩けない筈だ(・・・・・・・)
 何故なら死刑を『保留』にする条件の一つとして彼の者には著しい“行動制限”が課せられたのだから。


 つまりは「単独での行動を一切禁ずる」、と。


 だからこそ少女が監視兼お目付け役とやらを押し付けられたわけだし、任務でどこかしらに移動する際も常に二人一組(ツーマンセル)での行動を義務付けられていた──────────のだが、よくよくと考えてもみると“そんなの”はあの巫山戯た白髪頭の権限で割とどうにでも出来てしまうのだった。実際問題「彼」の秘匿死刑を保留にまで持ってこさせたのも“あの男”であるのだし。

「………………、……………………信朗さん」
「?おうよ」
「その子がどんな子だったか、改めてお聞きしても……?」
「どんな子、っつわれても、俺は擦れ違っただけで直接応対した訳じゃねーんだけどな。でもまぁパッと見、幸薄そうでいて、こう、僕は善人です、ってのを全面に押し出したような──────……あー、そうそう、そいつの呪力がよ、“ぞぞぞぞ”っつー、妙に気持ち悪い感じのもので、一緒に居た何人かがドン引いてたな」

 今にして思えばありゃ呪われてたんじゃねぇか?、と続ける信朗を他所に「ッあのクソ白髪頭が!」などと吐き捨てる禪院小翳は畳の上に投げ捨てていた上着を乱暴に引っ掴むなり脇目も振らずに部屋を飛び出す。
 またそれと同時に己が脳内で「ファインプレーでしょ?」、だなんて宣う巫山戯た白髪頭を遍く手段で滅多刺しにすると“彼の人物が毒される前に一刻も早く此処から離れなければ”、と思考を巡らす。
 願わくばあのクズに見付かる前に「彼」を回収出来ますように、と、都合のいい時にだけ頼る神にそう願いながら。
















「筆頭、少々お時間よろしいですか」

 ソファーにふんぞり返りテーブルに脚を乗せる、と言う行儀の「ぎょ」の字も無いような格好で寛いでいた禪院直哉に声を掛けたのは使用人と言っても差し支えのない躯倶留隊所属の男だった。
 本来ならば禪院家最強の術師集団と名高い「炳」の筆頭たる直哉に声を掛けるだなんて畏れ多すぎて絶対にしたくない、どころか出来ることならば徹頭徹尾避けたい事案ではあるのだけれど、如何せん常日頃から雑務やら給仕やらを押し付けられている彼は使用人の手が足りなくなった際に周りから体よく駆り出される側の人間でもあった。要するにパシリである。
 そんな訳で「いやだ!関わりたくない!あの人クズなんだもん!!」と言う感情を何とか押し殺して渋々直哉に元にまで足を運んだ男は──────────この僅か数秒後、それはもう心底後悔することになるのだった。

 曰く『完全に訪れるタイミングを間違えた』、と。

「あの(アマ)、生意気にパスワード変えよってからに」

 己が不機嫌であることを一切隠そうともしていない直哉はロック画面から一向に切り替わらないスマートフォンを片手にチッ、と舌を鳴らす。
 彼女のことだから絶対にパスワードは「1231」、若しくはそれらを並び替えた幾つかの数字の羅列だと思っていたのに──────見事に当てが外れたようだ。
 ……否。この場合は“外れた”のではなく“外された”、と言う方が正しいのかもしれない。
 恐らくは帰省が決まった瞬間、きっとその頃にはもう既に普段使用している「1231」から全く別のものへと数字(パスワード)()き換えていたのだろう。こんな風に自身の行動が制限される可能性(こと)を見越して。

 つまり“そうまでして此方に隠し通しておきたい人間の情報があった”、と言うことだ。




【我ながら嘘臭いなとは思いますが、事実です】
【恋人が出来ました】




 あんなの、完全に質の悪い「冗談」だと思っていたのに。
 まさか本当に甚爾くん以外に目を向け始めたんか、と直哉が顔を顰めさせたところで「っあの、」だなんて空気を読まぬ声が彼の耳に届く。だからか露骨に舌を鳴らしてロック画面から視線を外す直哉は背後に控えているだろう相手に向けて心底煩わしそうに「なんや」、と返事を返す。
 その際に今の今まで手にしていたスマートフォンをそこらに投げ捨てながら。

「っ!あ、その、」
「聞き返してやったんやからすぐに答えろや、愚図。オマエらみたいな能無しと違うてこっちは暇とちゃうねん」

 いや、どう見ても暇を持て余してただろ。
 ……とは口が裂けても言えない男は『これだから嫌なんだよこの人』、と言う感情を何とか胸の奥に仕舞い込むと仕切り直すようにして一礼をしてみせる。次いでさっさと用件を済ませてしまおうとばかりに事の本題へと移ったのだった。

「……お時間を取らせてしまい申し訳ございません。実は東京から小翳の御学友だと名乗る方が訪ねて来ておりまして、」
「は?」
「え?」
「東京から遠路遥々京都にまで来た言うんか、そいつ。何の連絡も無しに」
「は、はい。聞くところによると3日前から小翳と連絡が取れなくなったとかで、今までそのような事が無かったことから心配になり、わざわざ様子を見に来たそうです」
「東京の奴らてそない過保護な奴らばっかりなん?連絡が途絶えた言うても、たかだか3日程度やろ」

 どんだけ仲良しこよしやねん。あー、気持ち悪っ。
 そう言って露骨な嫌悪感を示す直哉であったが為に、ほぼ反射で投げ捨てられたばかりのスマートフォンを見てしまう男は色々と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、尚も続ける。我が身可愛さに『連絡手段奪ったのアンタでは??』だなんて台詞を飲み込んでは次なる指示を仰ぐ形で「如何致しましょうか」、と。

「如何も何も、そんなん適当な理由引っ提げてちゃちゃっと追い返せばええやろ。そもそも此処に残うとるのは小翳ちゃんの意思なんやし、迎えかて望んでな────……」

 そこまで言い掛けたところで不意に口を噤む直哉は口元に指を持っていくなり“それって本当(ほんま)ただの友人(・・・・・)か?”、と首を傾げる。
 だって“ただの友人”が連絡も無しに、しかも京都にある同級生の実家にまでわざわざ様子を見に来るだなんてことが普通あるだろうか?
 幾ら仲良しこよしの気持ち悪い関係性でも、県を跨いでまで、と言うのは流石に行き過ぎているようにも思えるし、自分だったら先ずしない。
 では普通じゃない“そいつ”は禪院小翳の何なのだろうか、とまで考えを巡らせたところで僅かに目を見張らせる直哉はテーブルの上に乗せていた足をゆっくりと下ろすなり音もなくソファーから腰を浮かす。それでいて今になって漸く部屋の隅に控えていた男を視認すると、

「どこに居るん、そいつ」
「え。っあ、会われるので……?」
「そう言うとるやろ間抜け。あと、俺が会うとる間は小翳ちゃんの耳に入らんようにしとき」

 場合によっては来訪どころか存在そのものを無かったことにしとかなアカンし(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 全く以て予期せぬ形で現れた人物が“そう”である可能性を踏まえた上でそのようなことを述べる直哉は不機嫌から一転、やけに軽い足取りで部屋を後にする。まるで「鴨が葱を背負ってやってきた」と言わんばかりに口角を吊り上げながら。
 またこれを機に少女を禪院家に連れ戻すか、とまで考え出す彼は────────────────“まだ知らない”。



 自身が下したその判断が後にちょっとした流血沙汰を引き起こすことを(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)





















「にしても、本当に憂太一人で行かせて良かったのかねぇ」

 同時刻。
 東京都立呪術高等専門学校、その食堂にて。
 目の前で清々しいほどに大口を開けてジャンクフードを頬張っている禪院真希を視界に入れながら尚も「心配だなぁ」、と溢すパンダは好物のカルパスの袋を破くなり本日何度目とも解らぬ溜め息を吐き出す。
 そりゃ件の「彼」だってもう立派な高校生だ、道に迷うことはあっても京都くらいであれば余裕綽々で辿り着けよう。片道三時間程度だと言うし。
 だが向かう場所が場所だし(・・・・・・・・・・)、下手をしたら保守派の人間と揉めることにもなりかねないのでは──────……などとパンダが不安に不安を重ねたところで相手のオロオロ具合に呆れを滲ませた真希が徐に「良いも何も、」と口を開く。

「途中までは確かに棘と一緒だったんだ、なら条件を破ったことにはならねぇだろ。つか悟が許可してんだし、何か遭った時の責任は全部アイツ持ちだっての」
「うーん……ってかこれって、悟が小翳に一言「帰って来い」って言えば済む話だったんじゃないか?悟の名前を出せば向こうだって無理に引き留めたりはしないだろうし」
「小翳が悟の番号を登録してるわけねぇだろーが。してたとしても着拒だ着拒。禪院家(ウチ)自体に連絡しても似たようなもんだしな」
人間(オマエら)って本当、面倒くさいもんに縛られてるよなぁ……」

 尤も、五条悟と禪院小翳の「因縁」についてはよく知らないのだけれど。
 人づて、と言うか、真希づてに聞いた話では過去に五条悟が禪院小翳の「大切な人」を殺したらしいのだが──────────まあ色々と遭ったのだろう。
 余り根掘り葉掘り聞くのもどうかと思うし、本人自身も進んで話したがらないのだからその辺りの事はそっとしておくべきなのだと思う。好奇心だけで触れて良い話題でもないし。

「にしても小翳も小翳だ、放っておきゃいいものを」
「?」
「…………どうせ私か真依を引き合いに出されて引くに引けなくなったんだろ。いつも速攻で帰ってくるアイツが帰って来ない、なんて時は大体それ(・・)が理由なんだよ」
「ほーん。じゃあ小翳は真希達にとばっちりが行かないようにそいつらの相手してんのか」
「面倒だからいちいち相手にすんなっつってんのに私らの名前が出ると毎回律儀に足を止めやがんだよ、アイツは。頑固っつうか、融通が効かねぇ」
「そりゃあなー。小翳の中じゃオマエらは二番目に優先すべき存在な訳だし、万が一のことを考えたら例えブラフでも放っておくことが出来ないんだろ」

 要はそれだけ禪院姉妹が大切なのだろう。
 他者と比較する必要も。他者と天秤に掛ける必要も無い程に。
 大切で、大事で、自身にとって価値があり過ぎる、本当に必要不可欠な存在だから────────────だから血の繋がりがあるだけの有象無象共なんかに二人を踏み躙られたくはないのだ。彼女らの尊厳を、矜持を。もう二度と(・・・・・)

「………………アイツが本当に優先したかったのは私らじゃねーけどな」
「?」

 頬杖を突き、そっぽを向いた状態で発した言の葉はパンダの耳に届くことはなく。
 それ故に何事もなかった体で席を立つ真希は、「先行くぞ」、の一言と共にさっさと食堂を後にする。自身が出したゴミはしっかりとゴミ箱に片付けて。
 またその際にゴミ箱に捨てかけた“おまけ”ことチベスナ犬のキーホルダーを悩みに悩んだ末に手元に留めておくことにした彼女は上着のポケットからスマートフォンを取り出すなり、


【今日中に帰って来なきゃ可燃ゴミ行き】


 と言うメッセージを躊躇なく件の従姉妹に向けて送信したのであった。



















「ねえねえ、夏油様ー。私、清水寺に行ってみたいな〜」
「んー」
「菜々子……夏油様を困らせないで……」
「ああ、いや、別に嫌って訳じゃないんだ。ただ、」

 どこもかしこも観光客(サル)ばかりで楽しめないかもしれないよ、と言う台詞は笑顔と共に飲み込む。
 何故なら、自身の何気ないその一言が簡単にこの()たちの意思をねじ曲げてしまうかもしれないからだ。
 したいことを好きにさせ、行きたいところに好きに行かせてやるために己は彼女らを地獄のような場所から掬い上げたのだ。ならば自分自身が抱いた嫌悪感には目を瞑り、まずはこの()たちの意思を尊重してやるべきであろう。

「──────そうだね。折角京都にまで足を運んだんだし、今日は二人の行きたいところに付き合うよ」
「やった!じゃあ清水寺行ったあとにこのお店の餡蜜……あー、でも、冷し抹茶小豆って言うのも食べてみたいなー」
「菜々子、食べてばっか」
「だって甘いものは別腹だしー。美々子だって食べたいでしょ〜」

 うさぎを思わせるケースを装着したスマートフォンを片手に「早く早く!」と急かしてくる双子の片割れに「はいはい」と微笑を返しつつ、極々自然な動作で辺りに視線を巡らす。
 正直言って、京都にこれと言った縁はない。
 だから思うことも特に無ければ、感慨なんてものも当然ありはしなかった。
 ただ「京都(ここ)」はかつての親友が生まれ育った場所、ではあった。

 でも、それだけ。

 あとは学生時代に何度か訪れる機会があった程度で、他に思い出せそうなエピソードはもう何も────────……と、そこで不意に思い出す。そう言えば、とばかりに。


『…………ああ、すっかり忘れていたな』


 そこはかとない懐旧の念と共に、とある日の、とある少女の「(ひとみ)」を思い出す。
 かつての親友のものともまた異なる、あの特異な「眼」を。
 かつての親友のせいでがらんどう(・・・・・)になってしまっていた、あの空虚な「(まなこ)」を。







【望んでも、望まなくても、なにもかもを与えられて生きてきたやつが、なんで、なにもかもを与えられて来なかったひとから奪うの】



どうして(・・・・)奪えるの(・・・・)







 あの日の小さな邂逅を、名付けようもない感情と共に、思い出す。



































(強者は弱者を顧みない)
(五条悟はそう言う人間(・・・・・・)だと、どうしてあの時の私は、そう答えることが出来なかったのだろうか)


【恋する乙骨憂太と同級生の話5】

22.10.12