15






怪人に、やられたとは。

「お、ジェノスくん興味ある?私に興味ある?」

先程の落ち着いた雰囲気はどこへやら、何故か声が弾んでいるヒイロさんの問いに、否定はしない。
手に持ったままの彼女の家族写真を握る手に無意識に力が入った。
「ジェノスくんの興味の持ちどころが掴みづらいなぁ」と呟きながらヒイロさんは頬を掻いた。

「えーっと高校の頃だったかな、家族でご飯食べに行こうって話になって。で、車で行ったんだよ。それでその帰りに怪人に襲われて、車ごと上からグシャーって」

軽い口調で綴られていく言葉を聞きながら、彼女が薄く笑ったままなのが少し引っ掛かった。
もしかしたら暗い雰囲気にならないようにしているのかもしれない。

「それで、その怪人は…?」

「ああ、その日の内に警察や自衛隊が倒してくれたよ。当時はヒーロー協会なんて無かったから苦戦してたみたいだけど、今で考えると災害レベル狼、よくて虎くらいじゃないかなぁ」

そうか、ヒーロー協会が設立したのは3年前。
高校の頃となると、今の彼女が25との事だから、先程言っていた通り確かに10年近く前の話になる。
…10年前。

15の頃に襲撃され家族を失った、どこかで聞いた話だ。



「ヒイロさんはよく助かりましたね」

「まぁその後は荒れたけどねー、家族がもう戻ってこないこの家に帰ってくるのがつらくてつらくて、思い出があるようなものは全部捨てちゃって」

その言葉で改めて掘り返した瓦礫の下にあったものに視線を向ける。
言われてみれば、家の広さに比べて確かに家具が少ないように見えた。…もっとも、殆どが壊れてしまっているから漠然とした認識ではあるが。

「その写真が家族を忘れない最後の綱だったんだけど…汚れちゃったなら仕方ない」

ヒイロさんは俺の手からその写真を抜き取ると三回ほど折り畳み、「てーい!」との声と共に軽快な放物線を描いて、後ろの瓦礫の山に投げ捨てた。
そしてグッと伸びをすると再び此方に振り向いて「漁るのも飽きたしもう帰ろっか!」とまた笑った。
…俺も家族を失って、死にそうにもなって、自棄になっていた時期があったから気持ちが分からないわけではない。
瓦礫から引っ張り出した使えそうなもの(主に衣類ばかりだったが)を纏めている彼女に気付かれぬよう、先程彼女が投げ捨てた物をズボンのポケットにしまった。






「あー疲れた、ってジェノスくんに手伝ってもらっといて何言ってんだってね」

「いえ、ヒイロさんは女性なので体力が無いのは仕方のないことです」

「お、おお…ジェノスくんに初めて女性扱いされた気がする…赤飯炊かなきゃ…」

日も傾き始める夕刻、覚悟していたよりもずっと少量の荷物で帰路に着く。
なぜ赤飯なのかという疑問もそこそこに、そういえば帰ると夕飯を作るには丁度良い時間だなとも思う。

「本日の夕飯はまたご一緒ですか?」

「うーん、迷うな…。頂きたい気もするけどお邪魔したら多分長く居座っちゃうからなぁ…」

ちゃっちゃと部屋の中を整えたいから適当に買って帰るべきか、とうーんうーんと唸っている。
ならば作るのはいつも通り、先生と俺の分だけでいいか、という考えを読んだのか、「待って!やっぱり頂きたい!頂きたいです!」との声。

「分かりました、では三人分ご用意します」

「うう、やっぱりイケメンの手料理には抗えなかったよ先生…ッ」

彼女のいつも通りの、この数日で何度も聞いた言葉。
今に限ってその言葉が少し気になった。

「…ヒイロさんはよく俺の顔を褒めますよね」

「え、顔だけのつもりはないけど」

…言われてみればまぁ顔だけでもなかったか…。
先日褒め言葉を並べられた時は、細かいことでさえ喜ぶ人なんだと思ったと同時に、不覚にも小恥ずかしい気持ちにさせられた。

「ジェノスくんからそんな話題振ってくるなんて珍しいね?」

「いえ…、よく目付きが悪い、とは言われていたのですが他の点を考えたことはなかったなと」

「一言に目付きが悪いといっても何パターンかあるからね!!人を怖がらせるようなーとか、不快を与えるようなーとか。ジェノスくんの場合はどちらかといえば前者なんだけどその鋭い目がまた魅力になってしまうくらいに他の顔のパーツも整ってて…」

しまった、また何か不思議なスイッチが入ってしまった。
先生が言っていた通り悪い人ではないのだが、こういうよく分からないスイッチが入ると手に負えなくなる。
下手に此方のリアクションを求めてこないので、そういった意味ではその辺の一般人よりも対応が楽ではあるが。

「顔といえばジェノスくんの頬っぺたってどうなってるの? 見る限り普通に柔らかそうだけど全然そんなこともなかったりする?」

…いや、求めてきていたな。

「他の人のものを触らないので比べてはいませんが、恐らく普通の人とあまり大差無いと思います」

「おおおほんとに!? すごいねえーと…ナントカ博士さん…」

「クセーノ博士です。…たまに、俺が戦闘型サイボーグというのを忘れるのか、このような人間に近いパーツを真剣に作ってくれたりもします」

食事の機能も初めは必要ないと思っていたが、先生と共にいる今となってはこれで良かったと感じることも少なくはない。
ヒイロさんは「そっか」とだけ柔らかい声で返してくると、触っていいかと尋ねてきた。
断る理由は無いにしろ、受け入れる理由もない。
なのでどのようにかわすかを考えていると、ふと小さな声を拾った。
男の声で何やらとても悔しそうな、そして怒りを含んだ声色だったので少し意識を傾ける。


「家をこんなんにしやがって…あの隕石落とした奴、ぜってぇ許さねぇ…!」


…きっと隕石の被害者なのだろう。
被害が大きかったのでこのような人間がいるのも不思議ではない。こんなヒイロさんでも隕石の被害者なのだ。

と、そこで先程の言葉を思い返す。
"隕石を落とした奴"とは何だ。
隕石は不可抗力の死すら避けられないような災害だった、その被害を死人が出ないという最小限の状態に収められた。
そこに"隕石を落とした奴"などという犯人は存在しないはずだ。

なのにある可能性に気付いてしまい、思わず足を止めた。


まさか、そんな。

お前たちも先生に救われたというのに。








「ジェノスくん」


呼ばれた声に、ハッとした。
声に応えるようにヒイロさんの方を見る。
すると下から彼女の両手が伸びて来て、俺の頬を挟んだ。
突然のことにポカンとしているのをいいことに、そのままうりうりと手を動かされる。

「うおおおおお…柔らかい…!!滅茶苦茶柔らかいすごい何これ博士さんほんとにすごいね!?ふにふにしてる…ジェノスくんかーわいい……おおお……」


……………………。


……そういえば、触れていいかという問いに答えていなかった。
答えないと勝手に触ってくるのか、今度からはちゃんと断らなくては。
いつまでも触られているつもりはないので、傷付けないようにとだけ気を付けて彼女の手を下ろさせる。
しかし触って満足したのか、元気よくお礼を言われてしまった。

…調子が狂う。
すっかり毒気を抜かれてしまったが、先程の男の方を見てみる。
相変わらず不満の声をぶつぶつ呟いていたが、先程感じた不快な思いは薄れていた。
そこで再びヒイロさんに名を呼ばれる。


「大丈夫だよ」


紡がれたどこか見透かすような言葉。
そうして歩きだした彼女の後ろ姿を少し呆然と眺めたが、振り返りこちらを呼ぶ声に慌てて後を追った。





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